2003年7月15日 ブルネイ旅行記(その6)

◆◆◆

【 ブルネイ旅行記6 タクシー 】

飛行機を降りると、そこはブルネイだった。

ボーディングブリッジを抜けるとまず目に入ったのは、 黒い行き先案内板にくっきり書かれた黄色いアラビア文字。 早速のブルネイらしさに、うさぎはもう大喜び!
以前に訪れたマレーシアも、同じマレー人の住む回教国だけれど、 公的な文字表記はすべてアルファベットだった。 けれどここではまずアラビア文字。その下に英語が書かれている。

荷物を預けなかったので、すぐに出口へ。
一国の玄関口にしてはこじんまりとした空港の広さが、この国の小ささを物語っている。 つい2時間前まで立っていた東南アジア随一のハブ、チャンギ空港とはえらい規模の差だ。

税関・検疫もいたってのどか。 審査官のおじさんたちはニコニコしている。
その様子に気を許し、
「行き先案内板の写真を撮っても構いませんか? アラビア文字が珍しくて」と尋ねると、
「どうぞどうぞ」というジェスチャーが返ってきた。

出口脇の両替所で日本円をブルネイドルに両替して空港を出ると、そこは熱帯。 ムアッとした熱気に包まれた。 この熱気の中に長く待たされてはたまらない。 すぐに車に乗れればよいが、とすばやくタクシーを探す。
と、いた。出迎えの人々の向こうに、タクシーが待機しているのが見えた。
だけどその数、たったの2台!
他にはいないのか、と探してみたけれど、これで全部らしい。

‥まあいい。とにかくここは暑くてかなわない。早く車に乗ってしまいたい。 そう思って、早速一台の運転手さんに声をかけた。 「エンパイアホテルまでいかほど?」と。
すると、運転手さんの答えは「35ドル」。

35ドル!

うさぎはその金額にたじろいだ。
ブルネイドルはシンガポールドルと等価。 シンガポールを経由してきた身には、すでにこの通貨の金銭感覚が身についている。 そして、タクシー料金もシンガポールと同程度と想定し、 交渉に持ち込む場合は10ドル、15ドルあたりが落としどころか、 という腹づもりをしてきたのだ。 それがいきなり35ドルとこられては――。
気をとりなおして「もうちょっと安くならない?」とお願いするも、
「これは定価です」と言われてしまった。

うさぎは目だけ動かし、もう一台のタクシーの運転手を密かに探した。
――でも残念、どうも見当たらない。 車はあるのに、運転手がいないとはこれ如何に。 お互い商売の邪魔にならぬよう、二台目の運転手はどこかに隠れて待つという協定でも あるのかもしれない。
‥仕方がない、他に選択肢はない以上、 この運転手さんの言うところの"定価"を呑むしかあるまい。 うさぎは仕方なく「OK」と言ってほかの3人共々、車に乗り込んだ。

さあ、タクシーはエンパイアを目指して走り出した。
空港から35ドルもかかるのだ。 さぞかしエンパイアは遠いのだろうと思い、
「エンパイアまでどれくらい?」と運転手のおじさんに尋ねると、
「15分くらい」という答えが返ってきた。
うーむ、15分の走行で2500円もかかるってのは、日本のタクシー並だぞ。

運転手は、ひょろりとした体型の、そこそこ愛想の良いおじさんだった。
「ハリラヤおめでとう。今日は王宮オープンハウスの最終日でしょう? だからわたしたちはこれから王宮に行くの。あなたも王様に会ったことある?」 と尋ねると、
「あるよ」。 そして、「王宮へ行くなら連れてってあげようか?」とすかさず営業に出てきた。
「そうねえ、いくらで行ってくれる?」と尋ねると、60ドルだという。
「60ドル!」うさぎは思わず声を上げた。どうせこれも"定価"なんだろう。 うさぎは価格交渉するのを最初から諦めて言った。
「それはちょっと高いかも〜? ‥まあ、ホテルに着いたらチェックインもしなくちゃならないし、またあとで考えることにするわ」。
するとおじさん、 「チェックインするのも、部屋でしたくするのも、待っててあげるよ」と言う。
「そう? ありがと」とうさぎ。「でも、また別の機会にお願いするわ」 我ながら、なかなか上手い表現を思いついたものだと思いつつ。 だって、いくらなんでも60ドルも出せば、 ホテルでタクシーを呼んでもらっても行かれそうだもの。断わるに限る。

車は空港を出てしばらく幹線道路を走り、 また別の幹線道路に入ってしばらく海沿いを走った。
「おじさんの家はどこ? ここから遠い?」とうさぎが尋ねると、 「ああ遠いよ。"TUTONG"というところだ」。
けれどおじさんがそう答えてしばらくすると、 道の端に「TUTONGまで40キロ」いう行き先表示が目に入った。
「ああ、おじさんの家、この先なのね」とうさぎ。 車を運転する人が、40キロを"遠い"と表現するとはね。やはり小さな国なのね。

海沿いの道をしばらく走ると、遠くの方にエンパイアらしき建物が見えてきた。 それはしばらくすると見えなくなってしまったが、車がわき道に逸れたと思ったら そこはすでにエンパイアの敷地内で、車はぐるりと弧を描くと、 門番のいるゲートをくぐりぬけた。 幹線道路からするりと入れるその動線といい、そこに広がる広い空間といい、 さすがは王様の所有するホテル、エンパイアだ。

金色がそこかしこにきらめく車寄せに到着すると、 数名のスタッフがバラバラと走り寄ってきた。 なにやら巨大な、金色の鳥かごのようなものを引きずって。

タクシーから降りがけに時計を見ると、12時8分。 空港を出たのが12時ちょうどだったから、8分でエンパイアに到着したことになる。

あーあ、たった8分で35ドルとは‥。

うさぎはそう思いつつも、1ドルのチップを上乗せして、運転手のおじさんに支払った。

だって仮にも王様のホテル"ジ・エンパイア"に泊る客がチップを惜しむわけには‥
ねーえ? ‥いくものですか!

つづく