2005年1月21日 テーブルの上の小宇宙

最近、我が家のテーブルの上に小さな異変が起きている。

一つは、ランチョンマットをよく使うようになったこと。 決してご大層なものではなく、100円ショップで手に入れたものなのだが、 一人分の大きさのマットの上はさながら自分だけの小宇宙。 ほかほかご飯のお茶碗や、味噌の沈んだお汁やら、おかずのお皿やお箸やらが賑やかに揃うと、 そこは楽しい箱庭となる。

我が家のテーブルは、食卓に限らず、様々な用途に使われている。 テーブルの隅にはいつも、クッキーの缶やらお菓子の籠や、 読みかけの本や新聞、ティッシュの箱やらが置いてある。 そんなテーブルの上にあっても、ランチョンマットを敷きさえすれば、 マットの上だけは食卓、つまり食事のためだけのテリトリとなり、 その縁は他のものから食事を隔てる貴重な境界線となる。

二つ目は、長女のお弁当箱が変わったこと。 今までは二段式の小さなお弁当箱を使っていたのだが、 長年の使用によりフタが変形してきて困っていたところにちょうど、 このお正月に、母が栗きんとんを入れて持たせてくれた入れ物が役立った。 透明の容器で、パッキンのついたパチンと留まるフタがついており、 妹に言わせるとこれも100円ショップで買える品ではないかということだが、 なかなか勝手が良い。

いままでのお弁当箱は二段だったので、おかずとご飯が別々の段になっていたけれど、 これは一段なので、ご飯もおかずも仲良く一緒に入ることになる。 平らなご飯の上は広い原っぱのようで、その脇にはレタスの茂みとミートボールの岩場。 黄色い卵のトランポリンの上では、 赤い顔したミニトマトの女の子が緑のりぼんを頭に結んで遊んでいる。 これも小さな箱庭だ。

それからおととい、陶器の器に、耐熱性プラスチックのフタがついたものを買ってきた。 これは100円じゃあなかった。 税込み270円。 器のほうは、かつて100円ショップで購入したお気に入りのうつわと柄違いのお揃いだったので、 あとの165円は、プラスチックのフタの分ということになる。

ところがこの165円が大活躍なのである。 対になった器のみならず、手持ちの柄違いのお揃いはもちろんのこと、お茶碗にかぶせても ぴったりはまる。 いろんな器にかぶせられては、電子レンジに入ったり、冷蔵庫に入ったりと、 八面六臂の活躍ぶり。 本当に重宝している。

不思議なもので、容器のフタを開ける瞬間というのはちょっとドキドキする。 つい30秒前、自分でフタをかぶせて電子レンジの中につっこんだ容器でさえ、 電子レンジを開き、容器のフタをあける瞬間は、中味はどうなっているのかなー、と楽しみなのだ。 ラップだと事務的なところが、フタだと事務的にならない。 フタをした容器の中もやはり、一種の小宇宙なのである。

そんなわけで、ここのところ、ふとした瞬間に、 我が家のテーブルの上に箱庭が生まれるようになった。 それはほんの短い期間限定の小宇宙で、用が済めば取り払われ、消えてしまう。 明日になればまた現れるが、それはまた別の小宇宙。 毎日毎日、ちょっとづつ違った宇宙が現れては消え、消えては現れる。

テーブルの上のこうした小さな革命は、私の心の中にも小さな革命をもたらした。 ジグソーパズルのピースが一つはまったような感じ、 何かが分かりかけたような気がするのだ。 住まいとか、暮らしといったことに関して。