英語で取得した通訳案内士の受検体験記その3。 このページでは、二次試験の本番の様子について記します。 一次試験について二次試験対策についてと併せてご覧ください。

東京江戸博物館

 

  1. 試験の流れ
  2. 西訳
  3. プレゼンテーション
  4. 質疑応答
  5. まとめ

試験の流れ

二次試験の試験時間は、2年前より2分増えて一人10分。 試験官は、40歳くらいの日本人女性と、英語ネイティブと思われる30代の西洋人女性のお二人でした。

内容は、

  1. 読み上げられた日本語の文章(メモ可)を即時英語に訳す(1分程度)
  2. 3つのテーマの中から1つを選び、それについて英語で話す(2分程度)
  3. 選んだテーマについての質問に答える

でした。それぞれの様子を以下の項で詳しく記します。

会場は昭和女子大学で、小雨が降っていましたが、今回も着物で行きました。 スーツを持ってないので、洋服着ていこうと思うと、何を着るかが大問題。 着物だと迷わずに済み、わたしにとってはむしろラクなのです。

2年前は自分のほかには着物姿は皆無でしたが、今回は140人くらいのうちの役半数が女性で、そのうちわたしを含め、少なくとも4人が着物でした。 晴れていればともかく、雨で4人も、というのは意外でした。 もし晴れていたら、もっと多かったでありましょう。

着物ファンが通訳案内士を受けるようになってきたのか、それとも通訳案内士を受ける人に着物ファンが増えたのでしょうか。

ちなみに、わたしは小紋に名古屋帯をあわせていきました。 他のみなさんは、大島+染め名古屋+下駄、小紋+半幅帯、色無地+名古屋と様々でした。

今回もやはり、年齢層は高かったです。 10代、20代は皆無。女性はたまーに、ギリ30代かなー?という感じの人もいましたが、ごく少数。やはり主流は40代〜60代でした。

英訳

英訳はまず、以下のような内容の文章を日本人試験官が読み上げ、メモをとりながら聞きました。 決して正確ではないと思いますが、だいたい以下のような感じでした。

青森県は気温が低いので、寒くても育つリンゴを栽培しています。消費者がより甘く、瑞々しいリンゴを求めるため、品種改良で様々な種類を生み出し提供してきました。

以下はわたしの英訳です。

Aomori prefecture... in Aomori prefecture, the weather is cold. So they chose ringo, apples which grow even in the cold weather as the specialty. Because consumers prefer more sweet, sweeter and fresher apples, they improved such apples to offer them.

 

焦りました・・・。 まさかのリンゴをドヤ顔でRINGOと言い放つという謎の大失態@_@;; ・・・いやほんと、これには、自分でも唖然としました。

ほかにもツッコミどころ満載の英語。もう思い出したくもない><。

ガチガチに上がってしまい、口を開くのもやっとで、モタモタ喋っていたら、 1分の制限時間いっぱいいっぱいになってしまったようで、日本人試験官が時計を見ながらハラハラしていました。

プレゼンテーション

三択は以下の3つ。日本人試験官に3枚のカードを手渡されました。

  1. 高山祭
  2. 殺陣
  3. 東海道五十三次

いずれも日本語で書いてありました。

この順番でカードが出され、焦りました。 高山祭、しまった、祭は苦手なんで、全部捨てたんだった^^;。

殺陣?! 殺陣なんて、タテと読むことくらいしか分からない・・・。

だから三枚目で「東海道五十三次」を見たときはホッとしました。 実はこれ、昨年も出ていたんです。 だから今年はまず出ないだろううと思いつつ、一応準備しておいた。

30秒の準備期間は、準備した内容を思い出すことに費やしました。 でもよく思い出せず、浮世絵については、喋り始めてから思い出しました。

53 stations on Tokaido route

Tokaido route was the most important route in the Edo period. It started from Nihonbashi in the capital Tokyo, Edo and went to Kyoto where the Emperor lived. There were 53 stations on this route. when including Nihonbashi and Kyoto, there were 55 stations there. Between 2 stations, there was from 5 kilometers to 17 kilometers of distance. In each station, there were lots of hotels and accomodations for travellers to stay in.

This route was beloved by travellers back then and many artists made it the theme of their works. For example Ando Hiroshige, the famous woodblock print painter made lots of works on this theme. Actually he made more than 30... (二分たちましたのでやめてください、とここで日本語で言われる)

訳:東海道五十三次

東海道は江戸時代においてもっとも重要な街道でした。 首都東京、江戸の日本橋から始まり、天皇が住んでいた京都まで通じていました。 この道には53の宿場町があり、日本橋と京都を入れると、55の宿場町がありました。 二つの宿場町の間は、5キロから17キロ離れていました。 各宿場町には、旅人が泊まれる宿屋や宿泊施設がたくさんありました。

このルートは当時の旅人から愛され、多くの芸術家が作品のテーマにしました。 たとえばかの有名な木版画家の安東広重は、このテーマで多くの作品を描きました。 実際のところ、30以上も・・・

夢中になっていたからか、1分経過の合図には全く気づきませんでした。

ヘンなところもありますが、通訳に比べると、まあまあかな・・・。 カンで言い直した部分は省いてあり、実際にはもっとモタモタした感じだったと思います。

最後は、安藤広重は、東海道53次について30シリーズ(30枚じゃなく)を描いたといいたかったのだけれど、時間切れになってしまいました。

質疑応答

プレゼンテーションに対し、以下のような質問が出され、それぞれについて簡単に答えました。

質問は英語でなされましたが、正確な表現を覚えていないので日本語で書きます。

質問1.旅人たちはどのようにこの道を行ったのですか?(歩いたのか?と聞きたがっているのが、ジェスチャーで分かった)

回答1. Walked. They just walked. (旅人は歩きました)

質問2.みんな歩きだったのですか? 馬とかは・・・?

回答2. I think some people rode on horses. And some people used Kago, I mean, a kind of vehicle... actually it's not a vehicle because it has no wheels but... you know, it is a kind a man-strength kind of... (馬に乗る人もいたと思います。あと、籠を利用する人もいました。あ、籠というのは一種の乗り物で・・・いや、実際は乗り物じゃあないんですが。車輪がないので。でもつまり、それは人力の・・・)

質問3.つまり、人が運んでいたと?(助け舟を出してくれる。やさしい!)

回答3.That's right, it was carried by men. (そうです。人が運びました(肩に担ぐジェスチャーつき))

質問4.この街道は人々から愛されていたとおっしゃいましたね。なぜですか?

回答4. Because the landscape was great. This route went along the coastal area of the Pacific Ocean so people could enjoy great landscapes. (景色が良かったからです。この道は太平洋の沿岸部に沿っており、だから道中、素晴らしい景色が楽しめました) → バカバカバカ! 富士って言え! 富士って!

質問5.江戸から京都まで、ずっと太平洋沿いだったのですか?

回答5. No, in some area, it was surrounded by the forests and there they could not see the sea, but anyway, they could enjoy other kinds of landscapes there. (いえ、林に囲まれた場所もあって、そこでは海は見えませんでした。でもどのみち、そういうところでは、また違った景色が楽しめるわけですよ)

質問6.このルート沿いでオススメな場所はありますか?

回答6. In this case, I recommend you to visit Hakone. Hakone is a very popular destination still now. (それでしたら、箱根をオススメします。箱根は今でも人気の行き先ですので)

質問7.箱根でこの道を歩けますか?

回答7. Yes, I think so, because it is used as a relay route nowadays too. (歩けると思います。駅伝のルートとして今も使われていますから)

質問8.この道を作ったのは誰ですか?

回答8. I am so sorry I am not very sure but I think Tokugawa Ieyasu the founder of the Tokugawa Shogunate made it. ...or maybe his son or his grandson. (すみません、確信はないのですが、徳川幕府の創始者、徳川家康ではないかと思います。もしかすると、彼の息子、もしくは孫だったかもしれません)

質問9.江戸から京都へ行くのはこのルートしかありませんでしたか?

回答9. No, there were other routes, too. For example Nakasendo and so on. (いえ、他にも道はありました。たとえば中山道とか)

質問10.江戸から京都へ行くのに何日かかりましたか?

回答10. It varies from person to person, of course but, if you are a fast runner, you could go in 17 days. (もちろん、人によりますが、足の速い人でしたら、17日で行けたと思います) → ウソばっか。平均15日くらいだったらしい^^;

質問11.それはずいぶんと遠い道だったんですね。ところで、この道について何かもっと情報の得られる博物館はありませんか。

回答11.Museum... Hmmm, museum... let's see... Am... if you visit Edo Tokyo museum in Ryogoku, maybe you can have some information about it. (博物館・・・博物館ですか。そうですねえ・・・。もし両国にある江戸東京博物館へ行けば、もしかして何か情報が手に入るかもしれません) → 完全なる思いつき。でもあそこなら、全くないってこともなかろう。

従来より2分のびた時間はすべてこの質疑応答に投入されたようで、うわー、まだ終わらないの?と思うくらい長かったです。 でもネイティブの試験官がニコニコしていてとても感じの良い方だったので、助かりました。

まとめ

突っ込みどころの多い英語ですが、自分が答えたままを書きました。

最初のほうはガチガチに上がっていて、まるで口が自分の口じゃないかのように動きませんでしたが、 英訳→プレゼン→質疑応答と進むにつれ、どんどん緊張がほどけてきて、気がラクになりました。

ただ、試験官に対し、ガイドになったつもりで感じよく話せていたかどうかは分かりません。 気持ちに余裕がなく、愛想よくしようなどと思いつきませんでした。 態度については、スペイン語の受験の際の反省点だったのに、全くその反省が生かせなかったのが、心残りです。

まあでも受かったので、よしとします。

これから受ける方にとって、なんらかのご参考になれば、幸いです。

初稿:2016年6月17日
最終更新日:2016年6月17日

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