Australia  ハミルトン島とケアンズ

<<<   >>>

【 シリカサンド 】

ホワイトヘブンビーチ

このビーチはとても白い。
とくに岸から離れた所から見ると、本当に真っ白。まるで洗濯用洗剤のような真っ白さだ。

ところが、近くで見るとさほど白くは見えない。 特に波うち際の湿った砂は、ほんのり褐色がかってみえる。

不思議に思ってしげしげ近くで観察してみると、砂の一粒一粒は、透き通っていた。 だから光線の加減や回りの色の影響を受けやすいのだ。

乾いた砂はすべすべした感触だった。
きめがごく細かく揃っていて、手に突き刺さってくる感じがない。
うさぎは砂をすくっては指の間から落とすのを、飽きずに何度も何度も繰り返した。

また、足で踏んで、鳴かせてもみた。
しっかり踏みしめて歩くと、 キュッキュッと、まるで音の出るサンダルみたいな音が一足ごとにする。 手でさすっても音が出る。

足で踏んだり手ですくったり。 憧れの白砂に囲まれているのが嬉しく、みんなでしばらく砂と戯れた。

ガイドブックによれば、この砂は「シリカサンド」と呼ばれるのだそうだ。
で、百科事典で調べたところによれば、 その「シリカサンド」の「シリカ」というのは二酸化珪素 ――つまりシリコンの酸化化合物のことなのだそうだ。
確かに、この砂の柔らかいようなスベスベしたような感触は、シリコンのそれだ。
ろう石の感触、石英の感触。シリコンという元素は自然界では全く珍しくない存在だけれど、 この砂はその純度が極めて高い。 一体、どこから運ばれてきて、 どうしてここにこうして細かい粒子となって体積しているのか。

純度の高さは砂そのものばかりではない。 不思議なのは、貝殻などがあまり落ちていないこと。 大きな貝がらは皆無だし、珊瑚のかけらも皆無。 時折見つかる小さな巻き貝にはたいてい住民がいる。小さな小さなヤドカリだ。

貝殻もなければサンゴもなく、ただただ透明なシリカサンドの広がるビーチ。 その景色はどこか自然らしくない。
ビーチに迫った藪が唯一自然の無頓着さを示してはいるが、藪を背にして海を臨むと、 余分なものは何も目に入らない。 あまりにも整然としすぎていて、どこか現実離れしているのだ。
まるで絵の中に入ってしまったみたい。
浜から少し離れて停泊しているモナーク号までが、景色の中にはまり込んでいる。
この絵画のような圧倒的な静寂感の中で、ビーチバレーに興じる人々の笑い声が唯一、 わずかに現実を感じさせた。

海の中に入ってみると、底には波がつけた洗濯板のような段々模様がついていた。
ここの砂は、砂と呼ぶには細かすぎる泥のような砂であるがゆえ、その段々は固く、 足で踏んでも、簡単にはは崩れなかった。

波打ち際の砂を手ですくってみると、水を含んでタプタプした感触が手に伝わってきた。
それを指の間から地面に落とすと、 ビニールの上に落ちた水のしずくみたいにぽてぽてと玉状になり、 水分が地面に吸い込まれて、そのまま固まった。
まるでホットケーキの生地をホットプレートにぽたぽたと落とした時みたいに。

ひとしきり乾いた砂、濡れた砂で遊んだあと、うさぎは砂を一握り採集した。
砂のコレクションはうさぎの趣味である。 これまでも、訪れたビーチから砂を持ち帰ってきた。

けれど、今回はちょっと考えてしまった。
何しろ、世界一美しいともいわれるビーチの砂だ。 そんじょそこらの砂とは違う。
もしも皆が砂を持ち帰ったとしたら――?

このビーチの砂が散逸する――それは考えただけでも恐怖だった。
うさぎは袋に入れた砂をちょっと元に戻した。
けれども惜しくなって、またほんの少し袋に入れた。
そしてまた思い直して、袋から出した。

子供たちの砂遊びに付き合って、波打ち際の白い砂をたった5〜6センチも掘ると、 中から濃い赤茶色の水が出てきた。 そして、それと同時に鮮やかなオレンジ色の砂層が現れた。
その地層に埋まっている貝殻も、全て濃い赤錆色。 何だか、地層全体が錆びてしまったみたいだ。
真っ白な砂は、表面のごく一部なのだ。

ああ、このうすぎぬのような白砂を、自分が剥いでしまって良いのだろうか‥?

うさぎはジレンマにとらわれ、また袋を取り出すと、少し砂を浜に戻した。

<<<   ――   2-7   ――   >>>
TOP    HOME