Brunei  ブルネイ・ダルサラーム

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【 シュールな朝食 】

卵焼きおじさん

エンパイアでとる初めての朝食。
朝8時半近くにアトリウムカフェへ赴くと、 昨晩の夕食時に「エンパイアにどのくらい滞在なさるのですか」と話し掛けてきた 給仕さんが椅子を引いてくれた。
親切でフレンドリー、それでいて控え目で折り目正しくて、とても感じの良い給仕さん。 名前を尋ねると、彼は「アンディです」と胸の名札を示した。

と、 「そしてボクはデニス!」と、突然そこに別の給仕さんが現れた。 これには皆、驚くやら可笑しいやら。 うさぎは、「分かった。よく覚えておくわ」と言い、

"折り目正しいアンディ"
"ひょうきん者のデニス"

と、手元のメモ帳に書き込んだ。

アトリウムの吹き抜けに張り出すように作られたこの「アトリウム・カフェ」は、 数百席を擁する大きなレストランである。 ゆったりとしたスペースには、何十のテーブルが規則正しく並んでいる。

けれど、いまここにいるお客といえば、うさぎたちのほかには白人の老夫婦が二組だけ。 昨晩、ここで夕食を食べたときも、白人の老夫婦が一組と、 シンガポーリアンとおぼしき大家族が二組、それにうさぎたちだけだった。 その彼らも早々と引き上げてしまい、最後はうさぎたちだけになった。

アトリウムの高い天井、銀のカトラリーが光る無人のテーブル。 この異常なまでに広い空間の中、 フロアの真ん中に4人ポツンと座って取る食事は、なんだかままごとのようだった。 それどころか、一種のシュールさすら感じる。

フロアの隅まで規則正しく並んだ数十のテーブルには いずれも洗いたての真っ白なクロスがきちんとかけられ、 おびただしい数の銀のカトラリーが鈍い光を放っている。 まるで、ちょっと前までここに数百人のお客が座っていたみたい。 それが突然、神隠しか何かで消えうせたかのような、そんな雰囲気だ。

膝からナプキンが落ちようものなら、 アンディかデニスがどこからともなくフロアを滑るようにやってきて拾ってくれる。
カップの中のコーヒーや紅茶がなくなると、 いつの間にやら銀のポットを抱えた彼らが、側に立っていて、 「お代わりをお注ぎしましょうか」と尋ねる。
一介の庶民でしかないうさぎたちがそういうサービスを独占すること自体、シュールだ。

更にシュールだったのが、レストランだというのに、食べるものがあまりなかったこと。 ビュッフェの台には、料理を入れるフード付きのコンテイナーが並んでいたけれど、 どれもカラッポ。 "食べ尽くされてカラッポ"なのではなく、"もともとカラッポ"なのだ。 新品みたいなコンテイナーがきれいに洗われ、ぴかぴかに磨き上げられてそこに並んでいる。 これには、参った。

パンやフルーツ、ハム・チーズ、それにシリアル類といった常食系のものはあったので、 お腹がいっぱいにならなくて困るということはなかったけれど、 やっぱり何か温かい料理が食べたい。 ――そう思い始めた頃、 卵係が鉄板の前についた。
「チャ〜ンス!」そう言って、チャアがすかさず目玉焼きを焼いてもらいに行った。

ところが、彼女が皿に乗せてもってかえってきたタマゴは、どうも妙ちきりん。
「ちょっと、それ一体何を頼んだの?」とうさぎが尋ねると、 チャアはケラケラと笑って言った。 「えーと、一応目玉焼きのはずなんだけど‥」
「目玉焼き〜〜〜?! それが?!」ネネが笑い転げた。 「何それ! あたしでももうちょっと上手く焼けると思うけど」
「だって、卵を割るのさえ失敗してダメにしているんだもん、あの人」とチャア。
「それが"エンパイア風目玉焼き"ってことはない?」と真面目くさってきりんが言う。
「いくらなんでも、それはありえないと思うけど‥」とうさぎ。
「コックがタマゴぐらいきれいに焼けなくてどうするよ!」とネネ。 「ちょっとあたしも見に行ってこようっと」
「あ、チャアも行く〜!」

そんなわけで、可哀想にタマゴ係は2人の子どもに監視されながら、 新しいタマゴを焼く羽目になった。 2人はテーブルに新しいタマゴをもってかえってくると言った。
「やっぱりあの人、どうみても見習いだよ」と。

ヘタクソなタマゴ係と、カラッポのビュッフェコンテイナーの謎は、翌日解けた。
その日、初日より40分ほど早く行くと、鉄板の前にはプロのタマゴ焼き係がいて、 居並ぶコンテイナーの中には、いずれもちゃんと中身が入っていたのだ。 大鍋の中には熱々のおかゆもたっぷり入っている。 それにかける青ネギやパリパリガーリックやおしょうゆもあった。

――要するに、初日は朝食を食べに行くのが遅すぎたのだ。 それで、ビュッフェのコンテイナーの中身は片付けられてしまい、 プロのコックさんも奥に引っ込んでしまったあとだったということらしい。

けれど、広いフロアにお客が数組しかいないというシュールさに関しては、 2日目も大して変わりはなかった。 折り目正しいアンディと、ひょうきん者のデニスのサービスを独占できるという点でも、 何ら変わりはなかったのであった。

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