【 旬は短し、旅せよ家族 】
	
	プーケットを皮切りに、毎年家族で海外旅行へ行くようになって、5年。
	最近痛切に感じるのは、家族旅行にも"旬"があるのだということです。
	
	
	中学生になった昨年あたりから、長女のネネは海外旅行に行きたがらなくなりました。
	正確にいうと、「海外旅行」というより「家族旅行」、
	家族で一緒にいること、一緒に何かをすること自体に興味が薄れてきたのです。
	
	
	家庭生活より学校生活、家族より友達が大事――。
	成長の一過程として、
	だれしもがそんな時期を経験することは分かっているつもりでした。
	でも実際にそういう時期にさしかかったわが子を目の当たりにすると、
	その事実を受け入れるのは大変難しく、今までと違ったわが子の反応に苛立ちを感じます。
	
	
	また、女の子が父親を遠ざけるようになるのも同じ時期。
	筋金入りのパパっ子だったネネが、
	中学生になった途端、あまりきりんと口を利かなくなりました。
	
	
	きりんが会社から帰宅し、玄関のドアを開けた瞬間、
	「パパ、パパ、パーパ! 今日ねえ、チャアねえ‥」とチャアが抱きつけば、
	「チャアどいて! ネネがパパとお話するの!」とまとわりつくネネ。
	ちょっと前までは、きりんが帰宅した途端に喧騒が始まるのが我が家の日課。
	袖をひっぱられて背広の肩はずり落ち、首に抱きつかれてネクタイはヨレヨレ。
	チャアを抱きかかえ、しなだれかかるネネをひきずりながら、
	ずり落ちるめがねを気にしつつ、
	汗をびっしょりかいてリビングに入ってくるのがきりんの常でした。
	
	
	だけど今は、静かなもの。
	自室のドアをちょっとあけて「お帰りなさい」と挨拶した次の瞬間には、
	またドアをパタンと閉じてしまうネネ。
	いつでもパパを独占できるようになったせいか、チャアの歓迎も控え目です。	
	
	
	親子のかかわり方がこんなに変わってしまったのだから、
	家族旅行のありようが変わるのも、当然かもしれません。	
	
	
	「旅行に行くの?! いつ行くの? どこへ行くの? どんなところ?
	やったあ! 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!」
	
	
	そう言って、チャアと一緒に部屋の中を飛び跳ねていたネネの姿が今は懐かしい。
	「うちで留守番してちゃダメ?」と言うネネの一言に、うさぎは泣きたくなります。
	チャアの方は相変わらず屈託なく喜び、一週間も前から自分の荷物を詰めては、
	あと何日、あと何日と、出発の日を心待ちにしていますが、
	一人ではもうひとつ盛り上がりに欠ける様子。
	この子が家族旅行を楽しみにしてくれるのもそう長いことではないかもしれません。
	
	
	◆◆◆
	
	
	子供が親を疎んじるのが一時期のものであるのか、
	それともこのまま大人になって離れていくばかりなのか、それはまだ分かりません。
	でもいずれにせよ、家族旅行の旬が去ったことだけは確かです。
	濃密な親子関係を楽しんでいたあの黄金の日々は、もう二度と帰ってはこないでしょう。
	
	
	「毎年家族で海外旅行に行くなんて、贅沢すぎるんじゃあないか」
	「子連れ旅行は何かと大変。それでも行く意味ってあるのだろうか」
	そう思っていた時期もあります。
	だけど、今にしてみれば、本当に連れて行ってよかったと思う。
	子供が大きくなってからでは作れない家族の楽しい思い出をたくさん作りました。
	
	
	だから今、子どもを連れて旅行へ行こうかどうか迷っている方には、
	こうアドバイスしたい。
	「迷うくらいなら、行く方を選んでみては」と。
	
	
	行き先はどこでもいいんです。
	特にココ、と思うところがあればそこでもいいし、近いところ、安く行けるところなど、
	行きやすさで選んでもいい。外国でなくて、日本国内でもいい。
	大事なのは「みんなが安心してゆったり過ごせるかどうか」ということだけです。
	
	
	旅先で何かを経験しなくちゃ、と思う必要はない。
	何を見てこなくちゃ、どこへ行かなくちゃと焦る必要もない。
	「旅先で何をしてきたの?」と人に訊かれて答えに窮する旅だって構わない。
	いつもと違った空気の中で、いつもと同じに食べて寝て、喋って笑って。
	そんなふうに、いつもと変わらない過ごし方をするのも素敵。
	
	
	家族と一緒なら、どんな風だっていいんです。
	「家族旅行」は、「旅行」である前に「家族」であることが大事だと思うから。
	
	
	
	
	2003年3月8日 うさぎ