デンパサールからウブドへ、車は北上した。
	夜道は暗い。視界がきかない。
	目の前を突然ネコが横切り、車は急停車した。
	「ネコには気をつけないと。
	ネコは9つの魂を持っていて、もし轢き殺したりなんかしたら、禍が起こるから」
	とエカさんは言った。
	「まあ怖い。もしひき殺してしまったら、もうその禍を免れる方法はないの?」とうさぎ。
	「ありますよ。遺体にコインを載せて弔うんです」
	
気付けば暗い夜道の両端には石像がずらりと並んでいた。 一瞬、車のサーチライトに照らされ、また闇に沈んでいくおびただしい石像の群。 石像たちは目をかっと見開き、その大きな口から牙がのぞかせている。 子供たちが眠っていてよかった。 こんな光景を見てしまったら、怖がりの二人は今晩眠れなくなってしまうに違いない。
	「この辺が有名な石細工の村? えーと、なんていったかしら」
	うさぎはわざと明るい声を作って尋ねた。
	「バトゥブランですよ」とエカさんは言った。
	
	バトゥブランを抜けると、今度は犬を轢きそうになった。
	この辺りには犬が多い。猫よりずっと。
	ひき殺すなら、犬の方が確率が高そうだ。
	「ねえ、もし犬をひき殺したら、やっぱりコインを載せて弔うの?」とうさぎは尋ねた。
	「犬にはそんなことしやしません」とエカさんは答えた。
	「猫だけ特別?」
	「いや、違います。ガチョウ(Goose)も特別ですね」
	「ガチョウ?!」うさぎは訊き返した。
	「そう、ガチョウ(Goose)」とエカさん。
	「グワッ、グワッって鳴く?」
	うさぎは両手を羽のようにパタパタさせながら、鳴いてみた。
	エカさんは分かったのかどうか、無表情に頷いた。
	
	「他に特別な動物は?」
	「ああ、白い牛は特別ですね。聖なる動物です」
	「じゃあ牛肉は食べない?」
	「食べませんねえ。食べると頭が痛くなるから」
	「へええ、じゃあマクドナルドのハンバーガーを食べたりなんかはしない?」
	「しませんねえ」
	「牛乳も飲まない?」
	「牛乳は飲みます」
	「牛乳は頭がいたくならない?」
	「なりませんねえ」  
	
そうこうするうち、車は狭い路地に入り、アラムジワに到着した。 車の音を聞きつけたのか、 こじんまりとした門扉の中からスタッフがぞろぞろと繰り出してきて、 賑やかに出迎えてくれた。もう夜の11時だというのに。 うさぎたちはエカさんにお礼をいい、気持ちばかりのチップを渡すと、 スタッフに誘われるまま、門の中に入っていった。