Indonesia  バリ島芸術の村ウブド

<<<   >>>

【 モンキーフォレスト 】

子ザル

ウブドの中心街を1キロほど南下すると、「モンキーフォレスト」と呼ばれる森がある。 読んで字のごとく、それは「猿の住む森」である。 そして、その森を抜けたところに、アラムジワのある「ニュークニン」村がある。

アラムジワに帰ろうと、 ウブドの中心サレンアグン宮殿から、南下するモンキーフォレスト通りを歩いていると、 いろんな人に声を掛けられた。
「ハロー? タクシー?」と、歩道の脇に並んでお客を待つおじさんたち。 どの顔もニコニコと愛想がいい。
「どこへ行くの? 車に乗っていかないかい?」
「この先のモンキーフォレストまで。でも今日は歩きたいの」
「ふーん、そうかい」 こちらが断っても、相変わらずその顔はにこやかなままだ。

道の向こう側に、うさぎは面白いものを見つけた。 家の建築現場だ。 こうした作業現場はいつだって面白い。 要所要所に立つ細い鉄骨を入れたコンクリートの柱。 なのに、大きな機械は見あたらない。 作業場の男たちは、その鉄筋コンクリートを繋ぐように、竹で足場を組んでいる。 鉄筋コンクリートと竹という組み合わせが面白くてカメラを向けると、 やはりそこに、作業の手を止めてニコニコとこっちを見ている人の顔があった。

よそ見をしながら歩いていると、道路側の下の方からにょっきりと細い腕が伸びてきた。 ぎょっとしてそちらを見やると、日本語で「オカネ‥」。 乳飲み子を抱いた女が、車の作る狭い影に身を潜ませて座っていた。物乞いだ。
「ノー」とこちらが反射的に答えると、彼女はがっかりするふうでも、 こちらを咎めるふうでもなく、早くも次のターゲットを探し始めた。 身なりは貧しいが、その様子に悲壮感は感じられず、或いはこれは、 「ちょっとここにバイトに来てみました〜」というノリかもしれないと、うさぎは思った。 家で子供をあやしていても一銭にもならない。 だったら街中に座って観光客相手に「オカネ」と一言言ってみるのも悪くはなかろう。 ――それが彼女一流の働き方なのかもしれない。

暑い最中を10分も歩くと、さすがに疲れた。 モンキーフォレスト通りは森の手前でぐっと下り坂になり、 うさぎたちは森を目指して足を速めた。 森の入り口にたどりつくと、そこにはモンキーバナナを売る屋台が出ており、 一房"1万ルピー"(約150円)という法外な価格のバナナが飛ぶように売れていた。

それを一房買って森に入ると、ほどなくお猿に囲まれた。 サルたちは、こちらに背中を向けて遊びつつも、意識はこちらのバナナに注がれているらしく、 房から一つバナナをもぐと、タタッと数匹が寄ってくる。 そして一匹がそれを受け取ると、こちらからちょっと離れてそれを食らうのだ。 どうやら、こんなエサをもらったくらいで、 頭をなぜさせてやろうなどというサービス精神はないらしい。

けれど、ここのおサルたちはまだお行儀が良い方だった。 ウブド側の入り口に近いその小広い森の中の広場は、エサをやる観光客も多く、 サルたちも餓えてはいなかった。 けれど、そこを引き払ってニュークニン村方面へと森の中を進んでいくと、 僅かに残ったバナナをめがけて、おサルたちがとびかかってきた。 子どもたちが驚いてバナナを取り落とすと、それをひったくって逃走する。 まさに略奪である。

おそらくこの辺ともなると、観光客の数も減り、 入り口で買ったバナナも尽きてくるので、少ないパイの奪い合いとなるのだろう。 サルたちも生きるために必死なのだ。

「この辺のサルたちのために、もっとバナナを残しておけばよかったね」などと 言い合ううちにも、180センチ近い長身のきりんめがけて、一匹が飛びついてきた。 体を駆けのぼり、腕の先に持っていたバナナめがけて、ジャーンプ! その必死の形相には、ただそれを見ていたうさぎまで戦慄を覚えた。

もはや子どもたちはバナナを自分で持ちたがらず、 はやくばら撒いてしまいたがっている。 でもそうすると、大きなサルがみんな独り占めして食べてしまうのだ。

「バナナから手を離したらダメ! 小さなサルにやりなさい」 と子どもたちを叱りつけるきりんとうさぎ。 2人の思いはどちらも同じだ。 できれば残りのバナナは子供を抱いた痩せたサルにやりたい。 でも、子どもたちが恐る恐るバナナを差し出す側から、 それは別のサルに奪われてしまった。

「もうすこしバナナを買い足せないかなあ」などと思っていると、 買う者あるところに売る者あり、実にタイミングよく、バナナ売りのおばさんが登場した。 なので、またもや1万ルピーをサイフから出し、バナナの房をサルのために買った。 それは入り口で買った房よりも、ちょっと少なかった。 うさぎは「これはバナナ売りに足元を見られているな」と内心悔しがりながらも、 その数少ないバナナを、子どもたちに代わり、サルにやった。 きりんも、痩せたサル、子持ちのサルを選んでは、せっせとやった。

悲壮感のない人間の物乞いにはきっぱり「ノー」と言えたこの日本人夫婦も、 餓えたサルには案外甘かったのである。

<<<   ――   2-4   ――   >>>
TOP    HOME