Indonesia  バリ島芸術の村ウブド

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【 うさぎバリ絵画を描き始める 】

絵のアウトラインを描いたところ

画材を携えてアラムジワに帰ってきたのは、まだ朝の10時になるやならずだった。 だが、二人の画家はもう絵を描きはじめているようだ。 うさぎも二人に混ぜてもらい、そこで一緒に絵を描きはじめた。

ここでお二人のお名前を紹介しておこう。
この家の主は、カトゥト・クリンティング氏。 ライステラスに遊ぶ白鷺の、大きな絵を描いている。 このときはまだ知らなかったが、実は彼はアラムジワのオーナーであった。
そして毎日ここに絵を描きにやってくる彼の友人は、ニョマン・ダギング氏。 彼はタイから注文で、魚の背に乗った釈迦の絵を描いているところだった。

うさぎは、彼らに絵を教えてもらおうと思ってはいなかった。 ただその場に混ぜてもらえただけでもう、充分すぎるほどだった。
「人といろんな話をしながら描いたほうが、インスピレーションが沸きますからね」 カトゥト氏が語っていた、そのインスピレーションにうさぎは期待していた。 絵を描くのに最も必要なのは、技術ではなく、インスピレーションである。 技術だけで絵は描けないが、インスピレーションさえあれば、絵を描くことはできる。 それにもし‥もし、自分が彼らに何らかのインスピレーションをほんのちょっとでも 与えることができたら‥。 それはもっと素晴らしいではないか。

ところが。 絵を描くにはやっぱり技術も必要だった。 いざスケッチを始めてみて、それが分かった。 ガルーダ(ヒンドゥー神話に出てくる鷲)が描きたいのだが、描けない。 ガルーダの像は、バリのいたるところに飾られていて、しょっちゅう目にしていたはずだった。 その印象は深く目に焼き付いている――はずだった。 くちばしが尖っていて、ぎょろっと大きな目をしていて、大きな翼があって、 鋭いカギ爪のついた足をしていて‥。 だけど、問題は体だった。 体がどうなっていたのか、見事なまでに全く思い出せない。 鳥のようだったか、人間のようだったか、服を着ていたか、羽毛をまとっていたか。 全く覚えていないのだ。

うさぎは下書きを描いては消し、描いては消しを何度も繰り返した。

うーん、描けない。
もうガルーダはやめて、サラスワティにしようかな?

サラスワティなら人と同じ姿の女神様だからなんとかなりそうだ。
でも、うさぎはやっぱりガルーダが描きたかった。 大きな翼をした怪鳥ガルーダに憧れていたから。

そこでうさぎは庭を見回し、ガルーダの石像を探した。 お手本さえあれば何とかなるかもしれない。

ところがあいにく、ガルーダの石像はここにはなかった。 うさぎは代わりにガネーシャ(ゾウの頭をした神様)の石像を見つけ、それを写生してみた。 やはりお手本があると楽だ。まあまあ上手に描けた。

もうガルーダはやめて、ガネーシャにしようかな‥?

だけどやっぱりうさぎはガルーダにこだわった。 インドネシアのガルーダ航空に乗ってバリに来たかったのに、 コストの関係でアメリカの飛行機になってしまったから。

そんなこんなで、何度も描いては消し描いては消しを繰り返していたら、 さっきからその様子を伺っていたダギング氏が、自分の仕事の手を休め、 急にガルーダの絵を描き始めた。うさぎはその手元に思わず見入った。

彼は、まるで白い紙から形を取り出すかのように、 迷いのない線でどんどんガルーダを描いていった。
またその独特な曲線といったら! どこか飄々としてコミカル。 なぜ線一つにこんなに表情があるのか、不思議だ。

ダギング氏は鉛筆でガルーダのアウトラインを書き上げると、細いペンでそれをなぞり、 更に細部まできっちりと書き込んでいった。 そしてすっかり出来上がると、 「さあ、これを真似して描いてごらん」と言ってうさぎにそれをくれた。

うさぎが感激したのは言うまでもない。 さっそくそれをスケッチブックの隣りに並べて置き、模写して描いた。

何もないところから形を取り出すことに比べたら、 模写ははるかに気がラクだった。 うさぎはどんどん描いていき、ダギング氏を見ならって、それを細いペンでなぞった。 独特なその線のタッチだけはどう頑張っても真似ることができなかったが、 遠目で見ればまあ、オリジナルとそう違っているようには見えなかろう。
背景くらいは自分の力で何とかしようと思い、うさぎはガルーダの背後に、 ライステラス、更にその向こうに聖地アグン山と夕日を描き入れてみた。

「ガルーダが岩の上に座って、バリの田園を見守っているところ」 とうさぎは画家の先生たちに説明した。 まるで子供みたいに。

とりあえずアウトラインを描き終わり、ふう、と一息ついたら、 お腹が空いているのに気がついた。 いったい今何時だろう、と時計を探したら、 もうとっくにお昼を過ぎて、午後の二時すぎになっていた。

「明日は陰影のつけ方を教えましょう」とダギング氏。 明日もまたここに来ていいんだ、と喜び、うさぎは今日の仕事を終えることにした。

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