Indonesia  バリ島芸術の村ウブド

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【 うさぎ絵に影をつける 】

絵に影をつけたところ

昨日美術館に絵画教室の予約の電話を入れた時のこと。 名前を告げた途端、それまで事務的だった相手の声が急に親しげに変わった。
「ああ〜、キリウさんね〜! 木彫教室にいらした! 明日はカマサンスタイルの絵画教室? ええ、お待ちしてますねー!」

旅先で何が嬉しいって、こういう瞬間が一番嬉しい。 一度目に会うときは見知らぬ人でも、 二度目に会えば「やあ、また会ったね」、 そして三度目には知己になれる。 プリルキサン美術館に日参したのは正解だった。

そんなわけで、きりんと子供たちは朝からまたプリルキサン美術館に出かけてしまい、 うさぎもお隣りに絵の道具を携えていった。今日は絵に影を入れるのだ。

アウトラインを描いたら、色を入れるより先に墨で陰影をつけるのが、 トラディショナルスタイルの描き方である。 使うのは、日本の書道のと同じような墨。やっぱりここも東洋だ。

陰影は、昨日書き入れたアウトラインに沿ってぼかすように入れてゆく。 墨という素材はとても便利だ。 水に溶けやすいのでぼかしやすく、乾くと耐水性になる。 うさぎは日本人だから、その乾く速度には慣れている。 5号の中筆で適度な水を絵の上に置き、その上に1号の細筆で墨を置いてゆく。 こうすれば、墨は自然にぼけて、墨を塗った部分とそうでない部分に境目ができない。 こういう描き方は昔、漫画を描いていた頃にさんざやったので得意である。

画家の先生たちはしばらくうさぎの手つきを見守っていたが、 どうやら放っておいても大丈夫らしいと判断したらしい、自分の仕事に専念しはじめた。 うさぎがガルーダの影をすっかりつけてしまうと、ダギング先生は 背景の空と湖とに、なんともいえない独特のタッチで雲や波紋をエンピツで描き入れ、 その陰影のつけかたを教えてくれた。 「やけにいい筆だな」 先生はうさぎの筆を取り、それを扱いながらうさぎに尋ねた。 「この筆、いくらした?」

いくらだったかしら?、とうさぎは首をかしげた。 200円? 300円? 500円まではしなかったような気がする。 でも確かにその中国製の筆は素晴らしかった。 苦労せずともピタッと毛先が纏まる。 きっとたまたま良い筆にあたったのだろう。 なかなかこんな筆にはめぐり合えない。

水をひいては墨をのせる。 きれいに仕上げるには、リズミカルに、常に同じ調子で墨をのせていくことが肝要である。 メソッドのはっきりしている仕事は、注意は要するけれど、気は楽だ。 淡々と作業を続けていると、音、におい、空気の温度など、様々な変化を感じる。 かすかな変化を感じて、ほんの一瞬手を止め、目をあげると、様々なものが目に入る。

ときどき、お座敷イヌのジングーがせわしなくやってきては、 ダギング先生の膝に乗って甘える。 先生は作業の手を止め、ジングーをなぜてやっては、おやつのマメを手に乗せて食べさせる。 ジングーが行ってしまうと、ダギング先生はまた作業を再開するのだ。

アラムジワの若い女性スタッフが二人、華やかに笑いながら、通り過ぎていく。 大きなゴミ箱の両端を持って。 ゴミ捨てがそんなに楽しい仕事だろうか。 まるで遠足にやってきたみたいに楽しげだ。

クリンティング氏が絵を描きながら話し始めた。
「わたしらは、若い頃、ネカ氏のところで絵を描いていた仲間なんですよ」
「ネカ氏というのは、ネカ美術館の?」
「そうです。昔は美術館なんてなかった。 父のネカ氏とジュニア、この父子には画商の才があったんですな。 若いアーティストを集め、絵を描かせていた。 それを観光客が見にきて、写真を撮ったり、絵を買ったりするわけですよ。 それでネカ氏親子は巨額の財をなし、美術館を創設したんです」

「ネカ氏のところを離れてのち、わたしはいろんな仕事をするようになりました。 ワイフの事業を手伝って、料理を作ったり、部屋のインテリアを整えたり。 絵はその仕事の合い間に描く程度でね。
彼の方はというと、アルマ(アグンライ美術館)に移り、そこでずっと絵を描いてきました。 あとでアルマに行ってごらんなさい。彼の絵がありますよ」

思えばこのとき初めて、うさぎは クリンティング氏がアラムジワやカフェ・ワヤンのオーナーであると知ったのだった。 そして同時に、ダギング氏が、美術館に絵が飾られるような大家であることも。
まったくマヌケな話である。 毎日ここにやってきていたというのに、今頃になってそんなことに気付くとは。 アラムジワのスタッフがしょっちゅうおやつだの食事だのを運んでくるのを見ていたにも かかわらず、クリンティング氏がオーナーだとは思わなかった。 ダギング先生は、タイからきた注文で絵を描いていた。 海外から絵の注文のくる画家が、世に果してどれだけいることだろう。

おそらく、売れている画家というものは、ホテルのオーナーというものは、 という先入観がうさぎの目を曇らせていたのだろう。 画家先生というのは、アトリエにこもっていつも気難しい顔をしているものだと思っていた。 実業家というのは、背広を着て書斎の立派な椅子にふんぞり返っているものだと思っていた。 まさか、バリの暖かい日差しの下で、 穏やかにおしゃべりしながら、お座敷犬を可愛がりながら、 普段着で絵を描いているとは思わなかったのだ。

ただの田舎町だったウブドは、ここ20年ほどで急速な発展を遂げた。 彼らはその変化の様子をつぶさに見てきたに違いない。 そして、町の発展とともに、それぞれの分野で歩みつづけ、大成したのだ。

昼下がり、この家のクリンティング氏が部屋のなかへ消えたかと思ったら、 ウドゥンを頭にのせて現れた。
「さて、わたしはこれから葬式に行ってくるのでね。失礼しますよ」

わたしがいなくても、ここで絵を描き続けても構いませんよ、とクリティング氏は 言ってくれたが、 ちょうどうさぎも全ての影をつけ終わったところだったので、 今日のところはこれで辞すことにした。 絵をちょっと目から離してみると、どうしてどうして、なかなか絵らしい。 まだ色は入っていないが、すでに水墨画として完成している。 ダギング先生の描いてくださった雲は、まるで中国の仙人が乗る雲のようだ、 とうさぎは思った。

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