Malaysia  ペナン島

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【 人種のるつぼ 】

プールで遊ぶ子どもたち

11時前。一時間半ほど降りつづいたスコールがすっかり上がり、空の色もたちまち青く澄み渡った。
「さあ、今日はどこのプールへ行きたい?」と聞くと、ネネとチャアは声を揃えて言った。

「ゴールデンサンズ!!」

それは意外な答えだった。チャアはともかく、ネネがあの素敵な「ガーデンウィング」と答えないなんて。 ――でもまあ、意見の一致は面倒がなくていい。うさぎたちはゴールデンサンズへ行くことにした。 ありがたいことに、ネネはすっかり元気になり、うさぎも熱はない。 ――そうそう、今朝、ドクターから、容体を問う電話が掛かってきたそうだ。 きりんは、すっかり良くなりました、と答えたと言っていた。アフターフォローまでしてくれるとは、親切なドクターである。

ゴールデンサンズに着くと、ネネとチャアは大喜びでプールに飛び込んだ。 チャアは泳げるようになったので、ますますプールが楽しくなったようだ。 昨日プールに入れなかったネネは、まさに水を得た魚のよう。うさぎは今日一日プールで過ごすことにして良かった、と思った。

本当は、今日はきりんの行きたがっていたドリアンの農場に行くはずであった。 けれど、昨日プールに入れなかったネネの強い希望で、最後の一日を、一日中プールに浸かって過ごすことに決めたのだった。

プールでしばらく遊んでいると、チャアには友達が出来た。 ドイツ人のサラちゃんである。チャアよりもちょっと背が高いが、前歯が抜けているところを見ると、 おそらく年はチャアと同じくらい。 ひとりっ子らしく、プラチナブロンドの美しい母親と父親がプールに浸かりながら見守っている。 サラちゃんとチャアはプールの中でビーチボールを投げ合って遊び始め、ネネも途中からそれに加わった。

サラちゃんの両親には、きりんが挨拶をした。きのうアラビア人と挨拶を交わしたきりんである。 ドイツ人なんて、アラビア人に比べたら親戚のようなものだ。「シュトゥットガルトから来たんだってさ。 去年ウチもミュンヘンに行った話をしといたよ」と、こともなげに彼は言った。
うさぎもとりあえず挨拶ぐらい、と思って彼らの方へと歩いていった。 ところがプールの中に足を踏み入れた瞬間、タイルで滑って仰向けに転び、ブクブク水に沈んでしまった。 それでバツが悪くて、挨拶するのは中止となった。

お昼ごろ、うさぎがプールバーでカニサンドを注文していると、 肘をカウンターについたそこのお兄さんがフレンドリーな口調で話しかけてきた。
「どっからから来たの? タイワン?」と。
お兄さんは英語で"Where are you from?"と言ったので、 「どちらからいらしたのですか?」と訳しても間違いではないのだが、 この場合はどう見ても「どっからきたの?」のノリであった。
うさぎは、ラササヤンの「はい奥様、いいえ奥様」の世界とはずい分違うぞと思いながら、 「いいえ、わたしは日本人よ」と答えた。

ゴールデンサンズは、ラササヤンと同じシャングリラ系列のホテルであるが、その雰囲気はかなり異なっていた。
ラササヤンがマレー風の建築様式を取り入れたオリエンタルな建物なら、 ゴールデンサンズの方は到って近代的かつ西洋的である。
ラササヤンは敷地が広いせいかどこも閑静だが、ゴールデンサンズのプールエリアは実に賑やか。 ラズベリーレッドのビーチタオルもシックなラササヤンに対し、ゴールデンサンズでは、 陽気な黄色いビーチタオルがその楽しさに一役買ってもいる。
そして、接客態度もことほど左様に違う。 折り目正しいラササヤンに対して、ゴールデンサンズの接客は到ってカジュアル&フレンドリーである。
どっちが好きか、と問われれば、ちょっと返答に詰まる。 けれど、欧米でもお目にかかれそうなゴールデンサンズの雰囲気に対し、ラササヤンのどこかコロニアルな雰囲気は、 いかにもマレーシアらしく個性的でポイントが高い。 本当ならば、うさぎのような子連れのお客にはカジュアルなゴールデンサンズの方が似つかわしく、 気兼ねがなくていいのだろうが。

プールサイドではカービングの講習会もやっていた。コックが英語で説明しながら、野菜や果物を花の形に刻んでいる。 真っ赤なビーツのバラや、人参のクロッカス、大根でできたカーネーションに長ネギで茎がつけられ、大根に刺してある。 オレンジや青リンゴの鳥が皿の上で遊んでもいる。
作品が一つ出来上がる度に、まわりの女性たちは「おおっ」とどよめく。 その盛り上がりように、うさぎばかりか、ネネまでつり込まれてしまった。
講習会が終わると、コックはカラーコピーで作った小冊子と、カービングナイフのセットを取り出した。 ナイフセットはRM20、冊子はRM10だと言う。 両方あわせても1000円くらい。欧米の女性たちは「きっとわたしにはできやしないわ」と言いながらも皆、それを買った。 「あら、このくらい、わたしならできるわ」と内心思ったうさぎも買ってみた。 けれど、日本に帰ってから大根でやってみると、それは「一応花には見える」程度の出来ばえで、ガックリした。

午後も子供たちはサラちゃんと遊び続けた。ウォータースライダーを滑ったり、お互いに抱きついたり。 まるで言葉の壁などないかのようだ。 ウォータースライダーの狭い着水プールには、世界中から集まった子供たちが遊び、 「人種のるつぼ」という言葉がぴったりであった。 大人も含めた人口比は、西洋人が5、アラビア人が3、日本人を含めたその他が2、くらいか。 西洋人が多く、東洋人が少ない(とくに子供)のは、時期的なものもあるかもしれない。 日本はまだ夏休みに入っていないが、合衆国は6月といえばもう休みに入っているはずだ。 それにドイツ人はいつだって好きな時に長期のバカンスを取れるのだし。

夕方、うさぎはネネを連れてラササヤンに戻った。 ゴールデンサンズはこの上なく楽しくていいけれど、旅の終わりはやはり自分のホテルで閉めたかったのだ。
ガーデンプールの水は温かく、いい気持ちだった。人影は疎らで、プールは貸切り状態。 夕方の柔らかい日差しが大木の葉の間からこぼれてプールの水面に反射し、ゆらゆらと踊っている。 何ともいえないオリエンタルな雰囲気。これがこのリゾートの見収めかと思ったら、なんだかしんみりしてしまった。

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