Philippines  セブ・マクタン島

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【 マニックス 】

花

デュオデカスロンの世話をしてくれたマニックス、彼は面白い男であった。

実はうさぎたちが彼に会うのは今日が初めてではなかった。デュオデカスロンが始まる前、彼は言ったものだ。
「きのうウォータースライダーのところにいたの、あれボクだよ。覚えてる?」と。
「え? あ、分かった。きのう写真を撮ってくれた‥?」とうさぎ。
「そうそう、あれがボク」とマニックス。
そう。きのうウォータースライダーのところできりんがカメラを抱えていたら、 自分が写真を撮ってやるからウォータースライダーを滑れと促し、更に、頼みもしないのに、 滝壷で遊んでいるうさぎと子どもたちの写真も撮ってくれた、それが彼だった。 崖のてっぺんでカメラを構えた彼が手を振ったときは、てっきりきりんが頼みこんだものと思いながら写真に収まったが、 あとでそれが彼の独断であったことを知って、おせっかいな人もいるものだと可笑しくなった。

デュオデカスロンが終わったあとも彼とはしょっちゅう顔をあわせたので、 名前を覚えようと胸の名札をよく見せてもらった。そのときの彼もふるっている。
「部屋にアンケート用紙があるでしょ? あれにマニックス、って名前を書いといてくれると嬉しいな」

ははは、なんてちゃっかりしたやつなんだ!

「分かった。覚えとくわね」と返事しつつ、その実、書くのを怠ったうさぎもうさぎだけれど。

とにかく彼は陽気な男で、会うのが楽しかった。 子どもたちも彼がすっかり気に入って曰く、
「あの人って、なんかいいよね〜」。
きのうのクレアがそうであったように、彼もおしゃべりな男であった。 人懐こい上に、おしゃべりなのだ。流暢な英語でよどみなく喋るので、
「英語がお上手ね」と褒めると、
「え〜〜? ちっともうまくないよー!」
謙遜しているというより、ホントにそう思っているようだ。 フィリピン人として、もしくはホテルのスタッフとしては、これくらい英語が喋れるのは当たり前なのかもしれない。

彼はセブで育ち、一度は4年ほどマニラで暮らしたものの、またセブシティに戻ってきたのだという。 以前は子ども相手に水泳指導をしていたらしいが、 最近はこのプランテーションベイでウォーターアクティビティ関係の監督をしているらしい。 厚い胸板、二の腕の筋肉にしてからが、いかにもタフな海の男である。そんな彼にも怖いものはあるらしく、
「セブは安全だけどね、フィリピンにもいろんなところがあるよ。ミンダナオとかね〜」というので、
「ああ、ミンダナオの方ってキケンなんだってね」と合槌を打つと、
「そ。セブとは違う。セブは安全だよね。なにしろ空軍が駐屯しているからね。 でも、危険といえば、マニラもキケンだよ。ボクだってマニラは怖いな〜と思うもの」ですと。 そうか、外国人でなくともマニラは怖いかー。

「ねえ、お隣りのボホール島のチョコレート・ヒルってあるでしょ?  あそこはちょっと行ってみたいと思うんだけれど」とうさぎが言うと、
「あー、チョコレート・ヒル、あのこんもりした形の山ねー。あそこはいいよねー、今ごろの季節は溶けてるけどねー」 としれっとした顔で言う。
「ふーん、溶けて‥? ――まさか! 山が溶けるわけないじゃない!」
「はははー!」と笑うマニックス。

「ねえ、デュオデカスロンのメニューにサメってあったけれど、前はホントにサメがいたの?」と尋ねると、
「ああ、サメっていっても、こーんなちっちゃいヤツだけどね」とマニックス。ほんの10数センチの大きさだったらしい。
「そういえば、前はラブラドル犬もいたんだよ。あと、サルもいたんだよねー。 でも、これが悪さのひどいヤツでさ、噛み付くわ、ものは投げつけるわで大変だったよ」
「あらそれは散々だったわね("That's too bad.")」とうさぎ。
それはほんの軽い相槌のつもりだったのだが、彼はその言葉に妙にウケてしまったらしく、けらけら笑い出した。
「ははは、ホントホント、まったくだよ! ありゃほんとに散々("too bad")だったね」
彼はいたずらなサルのことを思い出してしまったらしく、ひとしきり笑っていた。

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