Minnesota  ホストマザーに会いに

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【 にわか雨 】

雨あがりのバラ

モールオブアメリカから戻ってきたあと、 マムは疲れたから休むと言って自宅に帰り、 うさぎたちはメアリーの家へと向かった。

‥といっても、メアリーはまだ仕事から帰っていない。 ステラが「サイクリングでもいかが?」と、車庫の中にある自転車のところに案内してくれた。

「ミネソタに来たら何をしたい?」とメアリーにメールで尋ねられたとき、 「自転車でその辺でも見て回れれば‥」とうさぎは答えたものだ。 メアリーのほうは、ミシシッピー川クルーズやらセントポールの博物館巡りやら、 なにやら盛りだくさんな観光を考えてくれていたようだが、 うさぎはマムの近くにいられさえすれば、特別なことは何もしなくてよかった。 むしろ郊外で28年ぶりにミネソタの空気をいっぱい吸うのが、うさぎの望みだった。

そんなわけで今日は、メアリーの家の近くを自転車で散策することにした。 とりあえず目的地を数ブロックほど離れたスーパーに定め、 ステラが高さを調整してくれたサドルにまたがって、4人で出発した。

それは自分の足の短さを実感するサイクリングだった。 メアリーのうちの自転車は大きく、ペダルに足をつけるのがやっと。 チャアなんぞはもう、半分サドルからずりおちた状態である。

それでも景色は快適に後ろへ後ろへと流れていった。 ここは緑が多い。 家々の広い敷地に植わった木々が道のほうへと枝を伸ばし、空をおおって木陰を作っている。 すり合わさる葉と葉の間からところどころ陽がこぼれ、枝が風に揺れるたび、道端に落ちた陽だまりも揺れる。

大きな木々に比して、家は小さく見える。 いや実際、家々は案外こじんまりとしていた。 メアリーの家はここいらではかなり大きなほうで、 街を貫く幹線道路に近くなればなるほど、家は小さくなってゆく。 幹線道路に近づけば近づくほど平屋建てが多くなり、 幹線道路に近づけば近づくほど単純なソルトボックス型の家が多くなる。 この街の発展の歴史が見えるようだ。

うさぎはペダルを漕ぐ足を止めては、そのたびに皆に置いていかれた。

ひまわり色の平屋建ての家。 モルタル仕上げの外壁に玄関周りだけレンガをあしらい、小さな煙突が緩い傾斜の切り妻にちょこんとのっている。

爽やかなブルーグレーの家。 壁はサイディング張りで、ドアは真っ白、屋根は落ち着いたグレーのベストで葺いてある。

牧師さんでも住んでいそうな真っ白な家。 道に向かって突き出した玄関の両脇に大きなベイウィンドーがついていて、 庭には東方の賢人が難しい顔をして立っている。

赤銅色の屋根、グレーの屋根。 茶色いドア、グリーンのドア、白いドア。 ラベンダー色の壁、ミントカラーの壁、クリーム色の壁‥。 様々な色が広い敷地にゆったりと、濃い緑に包まれて立っている。

家々にはみな、番地を示す数字が書かれている。 表札は目立たないが、番地は目立つ。 それはあたかも特別な数字であるかのように、鋳物やボードにくっきりと誇らしげに書かれている。 うさぎはローラの父さんがどんなに苦労して家や土地を手にいれ、それを維持していたかを思い出した。

スーパーは、幹線道路沿いに建っていた。 皆は軒の下に自転車を止めた。 なんと、パラついてきたからだ。 つい今の今まで、やわらかな陽の光が差していたのに。

雨から逃げるようにスーパーに入ると、皆は宝探しを始めた。 そこは主に食料品を扱う店だったが、入口近くには、 暖炉にでもくべるのだろうか、大袋に入った石炭なんかも売られていた。 こういうところにときどき開拓時代の面影が残っている。 だからうさぎはアメリカが大好きなのだ。

大きなカートに、皆は好きなものを放り込んでいった。 大きな袋入りのスナック、 3つで1ドルのヒマワリの種、 カシューナッツのカンズメ、 おみやげに持って帰るグリーティングカードなどなど。

うさぎのほうは、皆が買い物をしている間、入口近くで自転車を見張っていた。 メアリーに借りた自転車にはカギがついていなかったから、盗まれやしないかと心配だったのだ。 見たところ犯罪が起きそうな街には全然見えないが、ここは外国なんだから、分からないじゃないか。

でもそこで待っているうち、うさぎは自転車ドロボウよりも雨のほうが心配になってきた。 どんどん雨足が強くなってきたのだ。 子どもたちが「これ買ってもいい?」と尋ねに戻ってきた頃にはもう、土砂降りになっていた。 ほんの数ブロックとはいえ、こんな雨の中帰ったら、全身ずぶ濡れになるのは間違いない。 うさぎはもう、スーパーに閉じ込められた気分になった。

しばらくして店内を一通り物色し終わったチャアが自転車番を代わってくれるというので、 うさぎも店内を見てくることにした。 でも落ち着かなかった。 こんどは、チャアが誘拐されやしないかと心配で心配で‥。 だって、ここは外国なんだから、何が起こるか分からないじゃないか。

うさぎはチャアの姿の見えるギリギリのところまで行っては入口に戻り、また別のほうへ行っては戻りを繰り返した。 そうこうするうち、きりんとネネが戻ってきたので、 「チャアと一緒に自転車を見ていて」と言いかけ、ふと空を見上げたら――。

なんと、小降りになってる‥!
家に戻るチャンス到来だ!

きりんは「雨がまた強くならないうちに早くレジを済ませて帰ろう」と言ったが、 うさぎは「1分で戻るから!」と言うとカートを引き継ぎ、猛スピードで広い店内を駆け抜けた。 そして左右の棚にすばやく目を走らせては欲しいものがないかチェックし、 きのうの食卓に出ていて気に入ったラズベリーのドレッシングやガーリックのクルトンをカゴにぶちこみつつ、 本当に1分で戻ってきた。 ハハハハ、どうだ、主婦の底力を見たか!

そしてそのあとレジで支払いを済ませ、急いで外に出てみると――。

‥なんと雨はすっかり上がっていた!

皆はまた背の高い自転車にまたがり、サドルからずり落ちそうになりながら、 雨上がりの街をメアリーの家まで帰った。 しばらくすると太陽が、空を覆っていた分厚い灰色の雲をこじ開けるかのように姿を現し、 見る見る間に晴れ間を広げていった。

家に帰り着く頃には空はまるで何事もなかったかのように晴れ上がっていた。 ただ弱くなった日差しがこのしばしの断絶を物語り、 可憐なピンクの野バラが花弁に水滴をたたえ、赤みを帯びた光の中で揺れていた。 そろそろメアリーが仕事から帰ってくる時間だ。

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