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【 迷子 】

教会

ミネソタで迎えた3度目の朝はいつもどおりに始まった。 8時ごろ1階に下りてきてビクトリアン風の朝食を優雅にとり、 居間で子どもたちが弾くヘタクソなピアノにしばし聴き入る。 そしてそのあと散歩に出かけた。 たった3日、同じような朝を迎えると、そこに自分の居場所が生まれ、 ずっと前から毎日そうしてきたかのように思えてくるから不思議だ。

うさぎが散歩から帰ってくると、部屋で留守番を決め込んでいたチャアが、床にレゴブロックを広げていた。 昨日モールオブアメリカで手に入れた戦利品だ。 日本にはない色や形のブロックに、チャアは大喜び。 「これじゃ少ない。もっと欲しい」と言う。

そこで「じゃあレゴを買いに、もう一度モールオブアメリカに行こうか」ということになった。 今日は午後にマムに会いに行くことになっているが、午前中は何も予定がない。 約束の時間まであと3時間と、時間もたっぷりある。

きりんは「いやだ。絶対迷子になるから」と言い張ったが、うさぎはそんな彼を無理やり説得し、 モールオブアメリカまで運転していってもらうことにした。 「大丈夫。わたしがとなりでナビしてあげるから。ステラがくれた大きな地図があるもん。迷うわけないわよ」 というのがうさぎの言い分である。 きりんは「本当かよ」と口の中でブツブツ言いつつも、車を車庫から出した。

ところが。 きりんとうさぎの意見が食い違ったときは、十中八九きりんのほうが正しいといういつもの例に漏れず、 今日もきりんが正しかった。 ハイウェイに入った途端、アッという間に迷子になってしまったのである‥!

それはこういうわけだった。 モールオブアメリカへ行くには、ミネアポリス市内で南下するハイウェイに乗り、 そこから分岐して空港方面へ行く別のハイウェイに入るだけでよかった。 ところがその分岐を間違えたのである。 いや、その間違いにはすぐに気づいた。 でもハイウェイの車の流れは速い。 しかも辺りを走る車両の数は渋滞していないときの首都高並。 「あっ、やっぱり違った!」とうさぎが間違いに気づいて叫んだときすでに、 車線を変更できない地点にまで来ていて、 車はあれよあれよという間に他の車の流れに乗って、一本前の別のハイウェイに入り込んでしまったのだ。

でもそのときはまだよかった。 どこで間違えたか、今自分たちがどこへいるのか、まだ把握できていたから。 悲惨なのはその後だった。

日本の高速道路がそうであるように、アメリカのハイウェイもそう簡単にはUターンできない。 きりんが運転する車は間違えた道を何マイルも走ってやっと、出口を見つけた。 そしてその出口から普通の道路に出て、今来たハイウェイを引き返すための入口を見つけようと 何ブロックか走って「ここは行き止まり」「ここは違う」などとやっているうちに、きりんもうさぎも、 自分たちがどっちの方角に向いて走っているのか、分からなくなってしまったのある。

‥で、一応、さっきのハイウェイらしき道を見つけはした。 ハイウェイを見つけた嬉しさで、入ってもみた。 たぶん、それはさっきのハイウェイだった。‥たぶん。 でも絶対かというと‥??

一応、地図に書かれている道路の番号と、道に書かれている番号を照合はしてみた。 でも悲しいかな、アメリカであれ日本であれ、うさぎは車というものを運転したことがない。 ほとんど乗ったこともない。車酔いするから。 だから道路地図だの、道路の標識だのの見方なんて、よく考えたら全然知るわけないのであった。 どれが今いる道の番号で、どれが分岐表示なんだか分からないし、 なんだか番号が二つついている道があるような気もする。 ‥全然分からない。

きりんはきりんで、流れの速いハイウェイで地図など見ている余裕はない。 しかもここはアメリカ。 慣れない右走行に頭を切り替えるだけで精一杯。 分岐の近くに来るたびに、「車線はどっち? 右? 左?」と怒鳴るが、 そんなことうさぎに聞かれても、知るわけがない。 でも、「大丈夫。わたしがとなりでナビしてあげるから」と請け合った手前、 「知りません」と答えるわけにもいかず、 適当に「右」だの「左」だのと答えていたら、 今度こそ完璧な迷子状態に陥ってしまった。 もう、ミネソタのどこをどう走っているのか全然分からない。 ミネアポリスがどっちの方角にあるのか、それすら全然――。

今までにも、迷子になったことはあった。 いや、迷子にならなかったことがあったかどうか、というくらい、迷子には慣れっこである。 きりんとうさぎというコンビは迷子になるためにあるようなもので、 旅先で迷子にならないことのほうが珍しい。

でも、今回はいつもの迷子とはちょっとばかり勝手が違っていた。 だって車に乗っているんだもの。 車で迷子になったのはこれが初めてである。 徒歩なら間違えてもすぐきびすを返せる。 だけど、車はそう簡単に引き返せない。 徒歩なら5分間違った方向に歩いたところで、せいぜい数百メートル。 だけど、車でを5分走ったら7〜8キロ行ってしまう。 しかもこんな自動車専用道路では、そう簡単に人に道を聞くわけにもいかない。 おまけにここは、狭い日本ではなく、広大なるアメリカの大地のど真ん中なのだ‥!

「ひょっとしてこれってコンチネンタルワイドな迷子かも‥?」 うさぎは事の重大性に、今になって気づきつつあった。 とにかくこの状況を何とかしなくてはならない。 まずは自分たちが今どの道を走っているのか把握しなくては。 ――そう思って地図をまじまじ見詰め、辺りの表示に注意を払い、 ついでに第六感まで働かせて考えた。

そしたら‥。
うさぎは突然、閃いたのである!

「ここってマムのうちのわりと近くかも‥!」

と。

最初は、なんとなく、なんとなーくそんな気がしただけだった。 でも、地図を見れば見るほど、そこはかとなく、そこはかとなーく、そんな気がしてきた。 そこでうさぎは予言をした。
「見てて。たぶんそろそろこういう町の名が見えてくるはずよ」と。

そして果たして、その予言は当たった! 本当にその街の名が現れ、表示のマイル数が、あと5マイル、2マイル、1マイル、とどんどん短くなっていき、 うさぎが「そこだーっ!!」と叫んだところできりんがウィンカーを出してほどなくすると、 本当に車はマムの住む町に到着したのである。

マムの住む老人ホームの駐車場に車を停めると、きりんは深いため息をつき、ハンドルにもたれかかった。 うさぎはきりんの髪をちょっともちあげ、白髪が増えていないかどうか確認した。 ついでに自分の髪もつまんで見てみた。 ‥あ、大丈夫。

ホッとすると、うさぎはもう、笑いが止まらなくなった。 だって、モールオブアメリカへ行こうと思ったのに、気づいたらマムの家にいたなんて‥! てんであさっての方角なのに。

でもとにかく、「終わりよければすべてよし」、だ。 とにかく迷子から救われた。 まるでマムが救ってくれたみたいに。

「結局のところ、わたしたちはマムに会えるようにできているのよ! ね? そうでしょ?」 車から降りると、うさぎはスキップをしながらその辺をクルクル回り、脳天気に言った。 このアメリカ行きを計画しているとき、マムに会えなかったらどうしよう、と、どんなに心配したことか。 サンフランシスコでうまく乗り換えられなかったらどうしよう、 ミネアポリスの空港でメアリーたちと会えなかったらどうしよう、 マムの家まで車でたどり着けなかったらどうしよう‥。 そういう数々の心配を抱えつつ、ここまでやってきた。

でも、心配はすべて杞憂に終わった。 乗り換えはうまくいったし、メアリーたちとはすぐに会えたし、マムにもちゃんと会えた。 他の場所へ行こうとしたって、引力に引っ張られるかのようにマムの家に着いてしまったくらいだもの、 運命はちゃんと、そういう手はずになっていたのだ。 どうしたってマムに会える手はずに。 だから心配する必要なんか、全然なかったのだ。 なーんだ、そういうことだったんだー!

けれども。

「いやー、運命的なものを感じるわねえ〜。 "かたつむり枝に這い、すべて世は事もなし"っと〜!」
けらけら笑いながらうさぎが陽気にそう言うと、 きりんはげっそりとした顔でつぶやいた。

「ママは気楽でいいねえ‥」

と。

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