多言語

学習意欲が落ちたときの持ち直し方

 今日は、学習に飽きたとき、意欲が減退したときの対処方法を書きます。飽きっぽさには自信があるわたしが日常的にやっている飽きの回避方法をまとめてみました。

ヨコのものをタテにする

 語学は反復が大事。でも単調作業を延々と繰り返していると、どうしたって飽きてきます。そんなとき意外と効くのは、横のものを縦にすること。

 例えば、ヨコに埋めていた活用表をタテに埋めてみる。たとえば、活用ごとに人称を変えて埋めていた活用表を、人称ごとに活用を変えて埋めるのです。そうすると、今まで見えていなかったタテの関連が見えてきて面白い。ヨコのものをタテにするだけで、ルーチンワークがルーチンワークじゃなくなる。

ヨコに埋めていた活用表をタテに埋めてみる

 タテに埋めるのにも飽きてきたら、こんどはナナメ。これはかなり頭を使うトレーニングになります。飽きるどころではない。

活用表をナナメに埋めるのは、かなり頭の体操になる

重点項目を変える

 単元を絞って重点的に復習するのは、外国語学習において有効な手段です。いろいろなことを満遍なくやっているとなかなか見えにくい上達が、重点項目を絞ると、少なくともその単元だけは上達を実感できるからです。

 だからわたしは「ちょっとこの辺弱いな」と思う部分を集中的にやります。たとえば「今日は数字だけ徹底的にやる」とか「今週は格変化強化週間にする」とか。

 でもこれも、重点項目がいつも同じでは飽きてしまいます。動詞活用の復習に飽きたら、次は数字をひたすらやる、というように重点項目を変えてみると、けっこう目先が変わって、また気分よく学習を続けることができます。

アプローチを変える

 一つの言語を学ぶにも、方法は様々。書いたり読んだり、話したり聞いたり、という違いもあるし、もっと細かく、例えば「読む」だけでも、読み方は様々。音読、多読、文法訳読法、シャドーイング、リピーティング、オーバーラッピング・・・等々といろいろあります。

 音読に飽きたら、ちょっと真面目に内容を読んでみるとか、それにも飽きたら聞き読み(音声を聴きながら文字を追う)してみるとか、変化をつけると飽きません。どの方法も一長一短。必ず強みと弱みがあるので、アプローチを変えるのは、それぞれの学習法の弱みを補うという意味でも良いのではないかと思っています。もちろん、自分が嫌いな方法まで無理にやる必要はなく、あくまで気の向いた方法をローテーションするわけですが。 

教材を変える

 どういうわけだか、一つのテキストをきっちり終えるまで、次のテキストに手をつけてはいけないと思っている人が多いようですが、わたしは一冊に飽きたらすぐ別の本に浮気します。複数の本を同時並行で読んでいることも。

 だいたい本というものは、えてして最初のほうは懇切丁寧だけど、後のほうに行くにつれて、本づくりの丁寧さが落ちてくる。ひどい本になると、最初のほうはカラーだったのに、後半は白黒とか。紙面が白黒になった途端、意欲がガクンと低下するのが体感できる。そういう時は無理にその教材を続けず、別の教材に鞍替えします。

 フレキシブルに教材を変えるために、わたしはできるだけ本は買わず、図書館で借りて済ませるようにしています。一つの言語につき、入門書をだいたい20冊くらい読むので、買っていたら家じゅう本だらけになってしまうし。

 あと、最初は自分に合っている教材でも、だんだん自分のニーズから乖離していく場合があります。たとえばロシア語のNHK語学講座は、初級編は日常会話ですが、中級編はロシア文学が素材になっていることが多いです。わたしはロシア文学にはそれほど興味がないので、こういう場合、中級編は読みません。わたしの時間はタダじゃない。興味のないことにかかずりあっているヒマはないので、教材が自分のニーズから乖離してきたら、すぐ乗り換えます。

学習言語を変える

 重点項目を変えても、アプローチを変えても、教材を変えても、どうにもその言語学習に興味がわかなくなったら、次なる手段は言語を変えることです。一つの言語の学習に飽きても、他の言語の学習は別腹。言語が違うというだけで、不思議なくらい、また楽しく学習できます。

 新しい言語を始めるのもだいたい、それまで学んできた言語に行き詰まりを感じたときです。2年くらい学習を続けていると、何をやってもろくに進歩しているように感じられなくなり、新しい言語を始めたくなります。

 でも、いざ新しい言語を始めると、最初は何も話せない、何も分からない。すると、「あれもできない」「これもできない」と思っていた既習言語がやけにできるような気がして愛しくなり、また既習言語に戻ってきたりします。

外国語学習を休む

 外国語学習が大好きなわたしですが、何語であってもやる気がしない、そんなときもあって、そういうときはあっさり無期限の休眠状態に入ります。

 たとえば昨年の11月。半年間ロシア語に邁進し、10月末にロシア語検定が終わったら燃え尽きてしまったのか、11月はさっぱり言語学習の意欲が湧きませんでした。唯一ロシア語オンラインレッスンはとても楽しかったので続けていましたが、ただ先生と25分間、その日にあったこと、その日に読んだ本について話すだけ。あとはロシア語には関係ないドラマ鑑賞と読書ばかりしていました。

 そのまま年を越すまでの約2か月間はほぼ何もしませんでしたが、年が明けてから急に意欲が復活し、現在わたしの外国語学習は絶好調です。「一度休むと、そのまま再開することなく、自然消滅してしまうのでは?」と思うこともありますが、意外とそうではないようです。

やりたくないときはやらない

 外国語学習はわたしの最大の趣味。一生続けていかれたらいいなと思っていますが、わたしはなにしろ飽きっぽいので、ずっと情熱を保ち続けるのは無理。外国語学習を始めた最初の頃こそ「継続は力なり」と自分に言い聞かせ、できるだけ継続しようと頑張りもしましたが、もう諦めました。

 一生やり続けたいならなおのこと、息抜きや休みがわたしには必要だと今は思っています。無理に続けようとすると義務になってしまい、イメージが悪くなる。下手すると嫌いになってしまうかもしれない。一度嫌いになってしまうと、もう金輪際やらなくなってしまうかも。

 わたしとすれば、別に継続しなくてもいいけど、嫌いにだけはなりたくないのです。だからやりたくないときには無理にやらない。外国語の他にもやりたいこと、やらなければならないことは、いくらでもありますしね。

継続しないとどうなるのか

 ただここで問題になるのは「休んだらどうなるのか」ということだと思います。これ、以前は一番気にかかっていたことで、「休んだら最後、今までの苦労が無駄になるのではないか」と思い、なんとか継続しなくちゃと頑張った時期もあったのですが、だんだんどうでもよくなりました。

 外国語って実は意外と「待っていてくれる」と気づいたからです。確かにしばらく喋っていない言語は、笑っちゃうくらい基本的な単語さえ忘れてしまうけれど、ちょっと喋ればまたすぐ思い出す。いつでも瞬間最大風速の力が保ち続けられるわけじゃないけれど、7分目くらいの状態にはすぐに戻せると感じています。

 最近なら、アラビア語、スペイン語、トルコ語はすっかり野ざらし状態。ロシア語検定が10月末に終わったあと、とりあえず一度ずつオンラインレッスンを取って喋ってみたけれど、半年間全く喋っていなかったこの3言語はどれも、なんとか喋れたので安心し、それ以来また放置しています^^;

 「以前はもっと喋れたのに」と思い出すと悔しいけれど、その「もっと喋れた記憶」というのは、語学力が頂点に達したときの記憶、言わば「瞬間最大風速」時の記憶なのです。一時的なボーナスポイントみたいなのがいろいろ含まれていた一番良い瞬間の記憶。これを「実力」と呼ぶのはちょっとおこがましい気もします。

 逆に言えば、しばらく放置した後でも割と簡単に戻ってくる7分目くらいのところが本来の実力だと思えば気が楽なわけで、最近はそう思うことにしています。

 ちなみに7分目というのは、検定試験で言うと、級一つ分下がったあたりでしょうか。瞬間最大風速が2級なら、本当の実力は準2級か3級あたり。ヨーロッパ言語共通参照枠で瞬間最大風速がB2レベルなら、本当の実力はB1くらい。こう考えれば、学習を休むことはちっとも怖くなくなります。

まとめ

 まとめると、

  1. 飽きを回避するには変化をつける
  2. 休んでも大丈夫

ということです。

 外国語学習というと、「決して休まず、一つのやり方を信じて続ける」というイメージがあります。確かに「継続は力なり」というのは一理あるし、「より良い学習法」とやらを探すヒマがあったら今やっていることを続けるほうが話が早い、ということもあると思います。

 でもわたしにとって外国語は大事な大事な趣味。最大の効果を上げることよりも、楽しくやること、嫌いにならないことのほうがはるかに大事なのです。いくら継続したって、つまらなかったら意味がない。楽しいからこそ、続ける意味があるのです。

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