今日は単語の優先順位について書きます。
忘れちゃいけない単語
入門書にはよく「犬」「猫」、「タクシー」「バス」「飛行機」、「リンゴ」「オレンジ」といった単語が出てきます。本によって多少の違いはありますが、この辺はたいてい、どの本にも共通して出てきます。
新しい言語を始めると、まずそうした語彙から入るものだから、たとえば「リンゴ」にあたる単語が思い出せなかったりすると、けっこうショックです。「ガーン、そんな基本単語まで忘れてしまっただなんて!」と思ったりします。
でもよく考えたら、リンゴという単語を知らなかったところで、それほど困らない気もします。
なぜなら「果物」という単語で代用できるからです。「赤くて、これくらいの大きさの果物」とでも言えば、リンゴのことかな、と察してもらえそうじゃないですか。自分が聞く側のときだってそう。そうやって説明してもらえば分かる。
「リンゴ」という単語はリンゴしか表現できないのに対し、「果物」という単語は、他の単語との合わせ技で、リンゴだけでなく、ミカンでもレモンでも、あるいは見たことのない果物さえ説明することができます。どちらがより便利かは一目瞭然です。
基本語彙というのは入門テキストによく出てくる単語のことで、そういう単語は忘れちゃいけないと思いがちですが、実は、忘れると困るのはむしろ「動物」「果物」「野菜」「乗り物」といったカテゴリ名のほうではないでしょうか。
入門書にリンゴやオレンジが出てくるわけ
入門書には「果物」より「リンゴ」、「乗り物」より「タクシー」という単語のほうがたいてい先に出てきます。それはなぜでしょうか。
おそらく第一の理由は「旅行で使えるから」だと思います。
たとえば「リンゴ」「オレンジ」という単語は、まず現地に向かう飛行機の機内で、飲み物のオーダーに使える。航空会社によって積んでいる飲み物は多少異なりますが、リンゴジュースとオレンジジュースはたいていありますものね。旅行をきっかけに入門書を手にとる人も多いから、「リンゴ」と「オレンジ」は外すわけにいかないのでしょう。
同様に、空港からホテルまで何で行くかって、たいていタクシー、次にバス。だからこれらの単語もはずせない。旅先で使えることは重要なので、こういう単語が網羅されているのは結構なことです。
もう一つの理由はたぶん「イメージしやすいから」。
幼い子どもが母国語を覚えるときにも、おそらく「果物」より先に「リンゴ」「ミカン」あるいは「バナナ」という言葉を先に覚えるでしょう。なぜならイメージしやすいからです。
「果物」や「乗り物」といった上位概念は、個々の果物や乗り物を示す下位概念に比べ、一種の抽象化が必要で、認識の難易度が高いのです。絵に描くにしたって、リンゴの絵なら簡単ですが、「果物」を描くには様々な種類の果物を描かないと「果物」だと認識してはもらえません。
イメージしやすいものの名前は覚えるのも簡単。だから入門書でも扱われやすいのだと思います。
「イメージで覚える」ことの落とし穴
最近「イメージで覚える」というのが流行っていて、イラストや写真でモノの名前を覚えさせる教本が増えています。パソコンを使ったツールは特にその傾向が強く、まず動物の名前10個、果物の名前10個を覚えさせる、というような教材をよく見かけます。
面白いことに、魚や鳥に関しては「サケ」「マグロ」、「カラス」や「スズメ」よりも「魚」「鳥」という上位概念が先にくる傾向にあります。たぶん魚や鳥は種類が違っても形が似ていて、区別するのが難しいからではないでしょうか。
この「イメージで覚える」ことに関しては、コンセプト的にはいいと思いますが、必ずしも手放しで賛成はできません。たいていそのイメージというのは、単純にイラストや写真と単語との一対一対応だったりするからです。
「『APPLE=リンゴ』のように、日本語と対にして覚えるのではなく、APPLEという言葉を聞いたらすぐリンゴの形を思い浮かべるようにしましょう」というのは一見もっともですが、単語に一つずつ画像を割り当てて対にするだけであれば、それは日本語と対にするのと大して変わらない気がします。
実際はイメージというのはもっと幅広いもので、必ずしも視覚的なものとは限らないし、点ではなく範囲です。つまり、他の単語との棲み分け。そういう感覚でないと、総称の概念はおろか、もっと抽象的な、たとえば「友情」や「責任感」などという概念など到底理解できないでしょう。
抽象名詞は、それこそ入門書にはあまり出てきませんが、重要度からしたら、むしろ目に見えるものの名前より重要かもしれないと思います。なぜなら、イメージしづらい単語というのは説明もしづらく、単語を一つ知らないだけで手詰まりになりかねないからです。
一方、具象物のほうはどうとでもなる。言葉で説明したっていいし、それこそ絵に描いたっていい。
語彙の優先順位
ボキャブラリーは多いに越したことはありませんが、時間には限りがあり、効率を考えると、優先順位の高い、低いを考慮せざるをえません。
そして優先順位の高い語彙というのは、
- 使い道が広い単語
- 知らないとどうにもならない単語
ではないでしょうか。
入門書に載っている載っていないにかかわらず、こうした基準で手持ちの語彙を見直し、足りないものは適宜補い、効率の良いボキャブラリーを構築していきたいものです。