もう10年以上前のことになりますが、一風変わったツアーでドイツに行ったことがあります。公募で入選し、親善使節団みたいなのに選ばれたのです。行先は南ドイツの「パイティング」という小さな村。おそらくロマンチック街道沿いで最もマイナーであろう、小さいけれど、美しい村です。
短いツアーでしたが、宿泊は民家、親善パーティもあるというので、わたしは張り切りました。学生時代に親に買ってもらったリンガフォンのドイツ語テープを押し入れから引っ張り出し、行くことが決まってから出発までのわずか2~3週間(だったと思う)、付け焼刃なドイツ語学習を始めました。
それからもう一つ、やったことがあります。「ピアノ」と「歌」の練習を始めました。だってパーティがあるからです。歌うことがあるかもしれない。ピアノを弾くことだってひょっとしたらあるかもしれない。なんたってわたしは親善使節のひとりなんだから、いかなる事態にも対応できるよう、準備をしておかねば!と思ったのです。
ピアノはメンデルスゾーンの「歌の翼」を選び、そればっかり練習しました。なぜメンデルスゾーンか、って?
――それはドイツ人だからです!!
歌は、シューベルトの「野ばら」。なぜ「野ばら」か、って?
――それは歌詞が、ドイツ語だからです!!
ほんとは「ドイツといえば、ワーグナーかな」と思ったのですが、歌詞が分からないのでやめました。・・・っていうか、素人がオペラをどうやって歌うと・・・? どう考えても無理でしょう。
あと、日本の「サクラ」も覚えました。サクラ~サクラ~やよいの空は~・・・ってヤツです。
それから、グリム童話の一節を覚えました。これもドイツだから、何かに使えるかと思って。
一つは、白雪姫の王妃のセリフ。
”Spieglein, Spiegelein an der Wand, wer ist die Schönste im ganzen Land ?”
「鏡よ鏡、壁の鏡、世界で一番美しいのは誰じゃ?」
それから、ヘンゼルとグレーテルの魔法使いのセリフ。
“Knuper, knuper, kneischen, wer knupert an meinem Häuschen ?”
「ガリガリガリガリ、子ネズミさん、わたしのおうちをかじるのはだあれ?」
これ、ドイツ語ではきいたことないけれど、英訳なら言える。ドイツ語も、英語と同じリズムで言えそうなので、これにしました。
ちなみに英語はこんな感じ:
“Mirror mirror, on the wall, who is the fairest of us all ?”
“Nibble, nibble, little mouse, who is nibbling at my house ?”
関係ないけど、ついでにフランス語^^:
“Miroir, miroir fidère, dis-moi qui est la plus belle ?”
“Langue, langue lèche, qui donc ma maison lèche ?”
これも同じリズムで言えます。
・・・さて、これで完璧。ドイツ語はさておき、一応歌は歌えるようになりました。あとピアノも。
ところが。
実際には、わたしが想像したのとは違ったドイツが待っていました。
そこはドイツというより、アルプスだったのです!
ドイツは地方色が豊か、という話は聞いていました。ドイツがドイツとして固まりを見せたのって近世、プロイセン以降ですしね。その辺は一応、分かっているつもりでした。頭では。
で、それまでのわたしのイメージだと、
スイス = アルプス = ハイジ
だったのですが、南ドイツも限りなく、アルプス=ハイジでした。家も、山の景色も。
親善パーティで村の楽隊のおじさんたちが演奏してくれたのも、ヨロレヒ系でした。
ドイツ語圏ということで十把ひとからげにしていましたが、ウィーンの音楽とは限りな~く、かけ離れたものでした。
第一、主力楽器が、ピアノじゃなく、アコーデオン!!
結局、メンデルスゾーンもシューベルトも、そして「さくら」も、何の役にも立たず、楽隊のおじさんたちがアコーデオンを弾きながら歌ってくれたヨロレヒ系の歌と、そのあと延々と披露された、ドイツ語の小話を、わけもわからず聞かされていた日本勢でありました。
小話は、いちおう通訳さんが訳してくれたのですが、ドイツ語の掛け言葉なので、日本語に訳されても、全くどこが面白いのか分からず。でもホストファミリーの方々は涙を流して大笑いしていたので、こっちも笑わなくちゃ悪いかしらん?と、我々も精一杯、笑いました。・・・さすがは親善使節団!
親善使節団の涙ぐましい親善努力は、帰りに立ち寄ったミュンヘンでも続きました。ミュンヘンには、ホフブロイハウスという有名なビアホールがあるのですが、ここではひっきりなしに楽団が乾杯の歌を演奏するのです。
Ein Prosit
Ein Prosit
der Gemütlichkeit
Ein Prosit
Ein Prosit
der Gemütlichkeit
という単純な歌詞で、これがほぼ2~3分置きに流れるのですが(youtube参照)、この曲が流れると、なぜか日本人はみな、乾杯をしなくてはいけないような気分になる。たとえそんな気分じゃなくても。
我らが親善使節団はこのビアホールに3時間以上いて、延々乾杯をしました。ドイツ語で歌いながら。
周囲を見回すと、日本人以外の人々はみな、最初は曲に合わせて乾杯しても、そのあとは曲を無視して飲んでいる。でも我らが使節団のみならず、日本人はどこのグループもみな涙ぐましいまでに律義で、乾杯の音頭がかかったら最後、とるものもとりあえず、ジョッキを掲げて乾杯に専念していました。
乾杯の音頭がかかったら、好む好まざるに関わらず、乾杯をする。それが礼儀正しい日本人。
ダンスタイムになれば、フロアに出ていき、ダンスをする。それが礼儀正しい日本人。
盛り上がれ、と命じられたら、盛り上がりたくなくても、律義に盛り上がる。それが日本人というわけで、わたしもすっかり疲れて上がらなくなった腕を無理やり上げて、乾杯の音頭に合わせました。
ところで、この世界的ビアホールでは、歓迎の意を表し、世界中の歌を演奏します。
さてここで問題。ここで演奏されていた日本の歌は、何だったでしょう??
答えは・・・・
「スキヤキ」! つまり、坂本九の「上を向いて歩こう」でした!
「さくら」こそが日本の代表ソングかと思っていたわたしはここでもハズし、脱力しましたとさ。