フランス語

穴あきチーズ白書

 外国語学習において「継続は力なり」とよく言われます。でもじゃあ「継続しなかったら、どうなるの?」 それについては案外語られません。その問いの背後には茫漠とした闇が広がるのみ。その闇から逃げるように、学習者は今日も学習を続けるのであります。

継続しなかったら、どうなるの?

 その答えを探るため、今日はわたしのフランス語放置体験を綴りたいと思います。長期間放置したことにより、かつて学んだ学習の成果は一体どうなったのでしょうか。放置による因果応報の一例として参考にしていただければ幸いです。

フランス語の放置状況

 まずは放置状況からお話します。

 そもそも初めてフランス語を始めたのは2005年4月のこと。一、二カ月ほどさぼったことが2回ありましたが、まがりなりにも学習を続け、翌2006年7月にフランス語検定2級を取得しました。

 その後、急速にフランス語への興味が薄れ、2010年9月までの4年の長きにわたり放置状態に。

 最初の2年は「ほぼ放置状態」。たまーに思い出したようにフランス語のCDを聞いたり、娘の学習に付き合う程度。新しい入門書を図書館で借りて読んだことも数回ありました。

 その後の2年は「完全放置状態」。アラビア語にハマり、フランス語には全く触れませんでした。触れるのが怖かったのです。ちょっとでもフランス語を入れたら、アラビア語が頭から出て行きそうで・・・。

 つまり「1年学習→2年ほぼ放置→2年完全放置」というのが、大まかなアウトラインです。その後フランス語の学習を再開し、約9カ月を経て今に至ります。

放置したフランス語の末路

 ではこの4年のブランクを経て、わたしの一年あまりのフランス語学習成果は、どのような末路をたどったのでしょうか。

 一言で言うと・・・

   ・・・穴あきチーズになりました

 ちょっとシャレたチーズ売り場に行くと、ボコボコ穴のあいた外国産のチーズがあるでしょう? ちょうどあんな感じ。

穴あきチーズ

 学んだことがすべてゼロになったわけではない。元気に残っている部分もある。でも、きれいさっぱり抜けている部分もある。全体的に記憶が薄くなったというより、スポット的にスパッと抜けている、そんな感じです。

 どうやら、ぽっかりあいた穴の部分というのは、もともと苦手だったところのようです。長期間の放置により、もともと弱かった部分がより退化し、ピンホールがあいた。そしてそのピンホールが徐々に周囲を侵食し、大きな穴となった模様。

 自分の得意とする部分、興味のあった部分はあんがいしっかり残っていました。割と得意な読解は意外と衰えず、文法の骨格もしっかり。単語も、幾度となく遭遇して覚えたものは残っていました。

 けれども、もともと苦手な聞き取りは、限りなくゼロに近い状態にまで後退し、もともと思い出すのに時間がかかったような単語はきれいさっぱり消えました。

放置により失ったもの

 気になるのは、四年の放置により、学習量の何割を無駄にしたかです。

 これはよくわかりませんが、学習を再開した当初、体感的にはチーズ全体の約3割が、ぽっかりと空洞になっていると感じました。

 でも最近思うのは「実はそんなに無駄になってはいないのではないか」ということです。なぜなら穴のあいた部分はもともと傷んでいた部分だからです。あるような気がしていただけで、実はもともとなかったのかもしれない。

 失われた部分は、もともとちゃんと身についていなかった部分。ろくにできもしないのに、なんとなくできるような気がしていただけ。ろくにやっていないのに、少しはやったような気がしていただけ。そういう部分がすっぱり削げ落ち、却ってすっきりしたんじゃないか、と。

 一見それとわからぬ沼地より、ここに穴があるとわかっているほうがありがたい。学習を再開してからというもの、自分に足りないものが常に把握できていたので、いま何をすべきか、何を補うべきかで迷うことはありませんでした。

 逆に4年のブランクを経て残った部分については信頼してよいとわかりましたし、自分に何ができて何ができないかが白黒ついて、残った部分を柱に進めてこられたので、やりやすかったです。

 ・・・まあ、だからといって、放置してよかったとは思いませんが^^;。もし4年間フランス語をずっと続けていたら、今ごろすごく上手になっていたかもしれないし~?!(謎) それを考えると、ちょっと悔しい気はします。

結論

 外国語学習に限らず何事も、一つのことを長く続けるに越したことはないと思います。

 「継続は力なり」、それは確かだと思う。

 でも、継続しなくても地獄の業火に焼かれるようなことはないから大丈夫。長期間放置しても、残るものは残るし、残らなかったものは、所詮その程度だったと考えれば平和かと。

 また、1962年に出版された古い本に、こんな記述があります。

ある水準にまで達しないうちに中止した外国語は、何年かやらないでいると、結局ぜんぜん習わなかったのと同じことになり、また始めからやりなおさなければならないことになります。ところが、ある水準まで(少なくとも小学校上級程度)習っておけば、たとえ10年ぐらい中絶しても元どおりすぐに使えるようになります。

外国語の学び方

 そうか~! じゃ次に放置するときは、その水準に達してからにしよう!

 ・・・って、全然懲りていないですね(笑)。 

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