先日本を読んでいたら、アラビア語に関するページの初っ端から
アラビア語は秀才の言語だと信じている。
黒田龍之介 世界の言語入門
と書かれていました。
しかもこう結ばれています。
アラビア語に取り組むことは究極の外国語学習なのである。
黒田龍之介 世界の言語入門
そ・・・そうかなあ、そこまでかなあ、と正直思いました。
確かに「世界一難しい言語」としてアラビア語の名が挙がることも珍しくはなく、多くの人から見て、アラビア語は何かとても難しい感じがする言語であるのは事実かもしれません。まず文字が、漢字ともローマ字とも全く違いますしね。
でも実際、他の言語と比べて際立って難しいかというと・・・。わたしには特にそうは思えません。
アラビア語が簡単だと言っているわけではなく、難しいのはアラビア語に限ったことではない、とわたしには思えるのです。「世界一簡単な言語」に名前がよく挙がるインドネシア語だって、わたしにとっては難しいです。一体どうして受動態の作り方があんなにいくつもあるんだか・・・。それに対格他動詞men-kanと与格他動詞men-iの違いを誰か教えてくれ~~っ!ってカンジ。そこへ行くと、世界一難しいはずのアラビア語にはそもそも「与格」なんてないし、受動態の作り方は一つだけです。
では、本当にそんなに難しいのかどうか検証するべく、アラビア語の特徴を一つ一つ見ていくことにしましょう。
アラビア語の特徴
格変化
ドイツ語も比較的簡単と言われることが多い言語ですが、格変化は相当厄介です。前置詞によって後ろにくる名詞の格が異なり、これを覚えなくてはなりません。その点、アラビア語は前置詞の後ろは全て属格です。
アラビア語では名詞の格は3つだけ。しかも切り分けが明確です。文の骨格をなす名詞(たとえば主語)は「主格」、付属部分は「属格」、残りはぜ~んぶ「対格」という、非常に分かりやすい住み分けがなされています。強いて言えば「数字」の格だけはちょっと面倒。尤も、格を示す部分は発音しないことも多いので、ゴマカし可能です(笑)。
文字
アラビア語でよく言われるのは、文字の難しさです。確かに見慣れない文字を覚えるのはちょっと大変ではあります。でも実はアラビア語のアルファベットはたった28文字。母音などの記号を加えても30ちょっと。子音文字42文字、母音記号が18あるタイ語に比べたら、文字を覚えるのは明らかに楽です。今は馴染み深い西洋のラテンアルファベットだって子どもの頃26文字頑張って覚えたのだし、第一日本人は100近い仮名文字に加え、2000以上もの漢字を覚えた実績があるのですから、たかが28文字にそうビビることもないでしょう。
ちなみに、アラビア語は単語の切れ目が分からないと思っている人がなぜか多いのですが、ちゃんと単語ごとに分かれています。
発音
文字の数が少ないということは、音の数が少ないということでもあります。特に母音が少ない。アラビア語の母音はたった3種類しかありません。
ちなみに日本語は5種類、インドネシア語は6種類、英語は約10種類あります。子音は発音が難しいものもいくつかありますが、アラビア語の母音の発音は至って素直。英語みたいに「『エ』の口をして『イ』を発音」とか、そういうの、ありません。日本語を話すときと同じように普通に「ア」「イ」「ウ」と発音しても、誰からも文句を言われません^^。
英語の場合は、音の数の割に文字の数が少ないので、一つの文字で複数の読み方があったり、文字を二つ繋げて一つの音を作ったりと、読み方が複雑です。最近、英語のフォニックス(文字と発音の関係ルール)について調べたところ、『ルールを覚えさえすれば、8割の語彙が発音できるようになる』と書いてあるのを読んでのけぞりました。たった8割!! フォニックスのルールって何十もあるんですよ! 頑張って全部のルールを覚えても、残りの2割は「読み方を知らなければ発音できない」と思ったら、どっと力が抜けました。
そこへ行くとアラビア語は文字と音が一対一対応です。つまり、文字や記号の形とその読み方を覚えさえすれば、100%発音でき、また読み上げられたものを書き取ることができます。
あ、それから、中国語やベトナム語、タイ語などに見られる「声調」というのも、アラビア語にはありません。アクセントの位置が気になる言語でもありません。
動詞活用
動詞の活用活用に関しては、アラビア語はちょっと厄介です。単数・複数に加え、双数形なんてのもありますしね。活用形の数は多めです。
といっても、フランス語の動詞活用には負けるかな。なにしろフランス語には過去形だけでも3種類ありますし、条件法・接続法を合わせると現在形も3種類ある。更に未来形もあります。しかも不規則変化の嵐! allerがvaに変化するというのは、知らなければ見当もつきません。
アラビア語にも変化パターンはいくつかあって、それを覚えていないと正確な活用はできませんが、もっとも基本的な活用を一つ覚えていれば、他のパターンはたとえ全く知らなかったとしても、まあ「惜しい」ところまではいきます。
名詞
動詞の活用の多さに比べると、あまり知られていないのが、名詞の複数形のバリエーションの多さです。よく使われるものだけでも10種類以上あり、一つ一つの名詞について、どのタイプの複数になるのか覚えなくてはなりません。これはけっこう面倒です。特に最初のうちは。語尾が少し変わるだけの「規則変化」と呼ばれるものもあり、規則変化以外のバリエーション豊かな複数形はアラビア語で
「جمع تكسير (木っ端微塵複数)」
と呼ばれています。まさにその名の通り、規則複数以外の複数は、単数を一度バラバラに解体し、最初から組み立て直す感じです^^。
そうそう。ヨーロッパの多くの言語同様、アラビア語の名詞にも女性形と男性形があります。でもほとんどの名詞は綴りを見ただけで女性形か男性形かすぐに見分けがつきますし、人間以外のものの複数形はすべて女性名詞として扱われるので、フランス語のように複雑な性数一致に頭を悩ませることもなく、わりあいラクです。
難易度まとめ
アラビア語の特徴をまとめてみました。厄介な特徴を赤、それ以外を青で示してあります。
- 文字
- 28文字(アラビア文字)
- 単語の切れ目が容易にわかる
- 発音
- 文字と音が一対一対応
- 難しい発音の子音がいくつかある
- 母音は3種類で、難しい発音のものはない
- 声調はなく、アクセントの位置は問題にされない
- 格変化
- 名詞の格変化は3種類で、切り分けが明確
- 動詞活用
- 活用形の数は多め
- 名詞
- 綴りで名詞の性が見分けられる
- 複数形には様々なタイプがある
参考までに、英語の特徴を同じ尺度でまとめてみます。
- 文字
- 26文字
- 単語の切れ目が容易にわかる
- 発音
- 数十の規則がある上、不規則な読み方が2割
- 子音の発音は比較的容易
- 母音は約10種類で、難しい発音のものがある
- 声調はないが、アクセントの位置を間違えると通じない
- 格変化
- 格変化は代名詞のみ4種類
- 動詞活用
- 活用形の数は少ない
- 名詞
- 名詞の性はない
- 複数形は少数の例外を除き、規則的
つぎに、わたしが挫折したタイ語はどうでしょうか。赤の箇所が目立ちます。
- 文字
- 子音字だけで42文字(タイ文字)
- 文法を知らないと、単語の切れ目が分からない
- 発音
- 2種類の読み方をする文字はないが、一つの音に対し、複数の文字が存在する
- 子音には帯気音というのがあり、難しい
- 母音は9種類で、難しい発音のものがある
- 声調があり、文字との間に複雑な規則がある
- 格変化
- 格変化はない
- 動詞活用
- 動詞活用はない
- 名詞
- 名詞の性はない
- 複数形はない
いかがでしょうか。これでもアラビア語が、特別難しい言語に見えるでしょうか。
最後に
アラビア語に興味はあるけれど、難しそうに思えて迷っている方へ、わたしが学校でアラブ人の先生によく言われたセリフ(元はアラビア語)を送ります。
もう! 一体どうしてあなたたちはいつもいつも、取り掛かりもしないうちから、やれ「難しい」だの、やれ「できない」だのと言うの?!