フィンランドは憧れの国。ムーミンの国、サンタクロースの国、妖精トントゥの国。そこで話されるフィンランド語もいつか学んでみたい言語でした。
2011年、飛行機の乗り換えでヘルシンキの空港に降り立った際、フィンランド語のムーミンの本を3冊購入しました。大判のムーミン谷絵辞典と、ペーパーバック2冊。いつかフィンランド語を始めるときに備えて購入したのですが、たまたま帰国便が2時間遅れたため、英訳も一冊購入。ヒマつぶしに空港のベンチで英語とフィンランド語を突き合わせながら読み始めました。
それは幸せな時間でした。空港に入る放送で聞くフィンランド語は、乾いてくるんと丸まった木くずのよう。本で目にする見慣れない字面と相まって、フィンランド語は木の香り、というイメージが芽生えました。
ムーミン谷絵辞典は、ページをぼんやり眺めているだけでも嬉しく、帰宅後もよく手に取りました。このムーミン谷辞典の素敵なところは、語彙が極端に偏っていることです。たとえば「会社」や「学校」という単語は載っていない。どちらもムーミン谷にはないからでしょう。
ちょうど「ワンテーマ指さし会話 フィンランド×森」という森ガール御用達な旅行会話集も発売され、「焚火 nuotio」や「蟻塚 muurahaiskeko」といったニッチな単語が載っている一方、「空港」や「ホテル」が載っていないところがいたく気に入りました。
この二冊で語彙を培い、レトロで偏ったフィンランド語が構築できたらどんなに愉快かしら、と、いつもこの二冊を手元に置き、なぜたりさすったり、ペラペラめくったりしていました。フィンランド語がうまくなりたいとか、話せるようになりたいというより、ただなんとなくフィンランド語の森を彷徨っているだけで幸せでした。
けれどそのうち、やっぱりうまくなりたくなっちゃったのかなあ、他のフレーズ集に手を出し、入門書に手を出し、辞書も購入。普通の外国語学習モードになっていきました。語彙も急速に木の香りを失い、世俗化していきました。
ほんの2、3か月でフィンランド語熱は冷め、フェイドアウトしました。ムーミンや森のイメージから切り離されたことで、学ぶ理由や意欲が薄れたのだと思います。
言語学習において意外と大事なのは「自分なりのイメージや憧れ」です。英語が話せたらカッコイイとか、フランス語ってオシャレ、といった憧れが意欲の源になる。
はっきりした目標を持って集中的に取り組むのも効果的ですが、ほわっとした憧れを持って気長に付き合うのもアリ。特にフィンランド語のように検定試験がなく、旅先で使う予定もない場合、「はっきりした目標」は設定しづらいので、「ほわっとした憧れ」だけが頼みの綱。もうちょっと偏った語彙にこだわり続け、森のイメージを膨らませていれば、わたしのフィンランド語も、もう少し長く続いたかもしれません。
フィンランド語は今でも、いつか学びたい言語ナンバーワンです。再開するときは初心に帰り、また「焚火」や「蟻塚」から始めたいと思います。