渡航先にジョージアを選んだのは、ロシア語圏に行ってみたかったというのも理由の一つでした。
でも実際ロシア語を話すチャンスがあるかどうかは行ってみるまでわかりませんでした。「若い人はロシア語を使わない」と複数のジョージア人から聞いていたし、二度にわたりロシアに領土を奪われて以来、反露感情が強いそうなので、ロシア語を話すと嫌がられるかもしれないと思い、最初のうちは様子見を決め込み、グルジア語で言えないことは英語で言うようにしていました。
意外とウケが良かったロシア語
でも実際には、トビリシの旧市街で周りから聞こえてくるのは、なぜか圧倒的にロシア語。グルジア語よりむしろロシア語を耳にすることのほうが多かったです。スーパーで聞こえてくるのもロシア語なら、バスの中で携帯電話をかけている人もロシア語。道ですれ違ったとき目が合っても Здравствуйте(こんにちは)、物乞いまでが Помогите(お恵みを)と言いながら手を差し出してくるので、わたしも恐る恐るロシア語を使い始めました。
すると、何のことはない、ロシア語のほうが英語よりもずっと受けが良いことがわかりました。カタコトの英語で頑張って話していた人が、ロシア語が通じると分かるや否や、Вы говорите по-русски?(えっ、ロシア語話すの?)と明らかにホッとした顔で、急にフレンドリーにいろいろ話しかけてくる。「得たいの知れない東洋人」から、いきなり「話の通じる人」に格上げされる感がありました。
レストランでもスーパーでもフリーマーケットでも、どこへ行ってもロシア語が通じないことはなく、嫌な顔もされませんでした。むしろ親近感を持ってもらえるようで、スーパーで量り売りの激安プラムを買っていたら「柔らかいほうが甘くて美味しいよ。そういうのを選んで袋に入れなさいね」とおばあちゃんが教えてくれたり、店員さんに聞いても商品の値段が分からなくて困っていたら、アゼルバイジャン人だという買い物客の男性が自分の子どもを使いにやってどこかから値段を聞いてきてくれたりしました。
面白かったのは、小さな本屋さんでのこと。薄い子供向けの古本を5冊レジに運び、値段を聞いたら「Полтора(パルタラー)」。あれ、Полтораって0.5だっけ、1.5だっけと一瞬迷い、オウム返しに「パルタラー?」と言ったら、値段が不服と受け取ったのか「1ラリでいいよ」。図らずも一冊1.5ラリから1ラリ(50円弱)に値切ってしまいました(笑)
ロシア語を話すと分かると、Откуда вы(どこから来たの?)とよく聞かれました。ピンポイントに「カザフスタンから来たの?」と聞かれたことも二度ありました。「ロシア語圏でモンゴル系の顔つきをしているのはどこの国だ?」と考えた結果、カザフスタンという結論に至るのでしょうか。それともわたし、カザフスタン顔なのかな? 以前中東で「おい、そこのカザフスタン」と呼び止められたことがあるし。
一番よくロシア語で話したのは、一泊したホームステイ先のおばあちゃんです。「ここは便利でしょう? 自由広場から歩いてたったの1分で。わたしの家族はここに代々、丸一世紀住んでいるのよ。わたしもここで生まれ、70年以上住んできたの。娘も孫もみんなここで生まれ、育ったのよ」と誇らしげに話してくれました。最近はコロナのせいで旅行者が減り、お客さんがほとんど来なくて寂しいそうです。
部屋からニュースの声が聞こえてきたので、「テレビを見ているの?」と尋ねると、「インターネットを見ているのよ。wifiがあるからね」となにやら得意そう(笑)あまりに自然にロシア語で話すものだから、思わず「グルジア語も話されますか?」と尋ねると、「もちろんですとも。ここはジョージアだからね」という答えが返ってきました。
頻繁にロシア語を耳にし、誰もがロシア語を話す割に、街でロシア語の看板を目にすることは稀でした。レストランの看板もすべてグルジア語。ラテン文字が併記されていることはあっても、キリル文字はほとんど書かれていませんでした。
通りには古本の露店が多い一方、大きな書店はなく、古本の大半はロシア語、新刊本はグルジア語と、見事に棲み分けていました。特にグルジア語の児童書は充実しており、ロシア語からグルジア語へと、急激に舵を切っている様子がうかがえました。街でも、親が子どもにグルジア語で話しかけている様子をよく目にしました。
プラハへ行ったときは、書店で英語の本をたくさん見ましたが、トビリシではほとんど見かけませんでした。「今の若者は学校で英語を習うから、ロシア語より英語のほうが得意」と聞いていましたが、英語が本当に流暢な人はほんの一握り。ツアーのキャッチセールスは英語で話しかけてきますが、小さなお土産屋さんでは簡単な英語も通じないことも多く、大きめのレストランでも、一見通じているように見えるものの、英語でオーダーすると注文とは違ったものが来ることが多く、入れたはずの予約は入っていないわ、数は数え間違うわ、なにかと微妙でした。
ロシア語話者はどこから?
団体旅行はタイやサウジアラビアなどからのツアーを見ましたが、個人で散策している観光客の大半はロシア語話者でした。
この大量のロシア語話者は一体どこから・・・? 見た目はロシア人ぽいけど、ロシアはいま大変な時期だしなあ・・・、と気になって、一度、お国を聞いてみたところ、やはりロシアからとのことでした。
あとでロシアの先生に聞いた話では、政府の締め付けが強くなってきている昨今でもパスポートは普通に取得でき、海外には自由に行かれるそうです。ただロシア人がビザなしで長期滞在できる国は限られているので、1年間ビザなしで滞在できるジョージアに行く人が多いのだろうとのことです。
でもロシアの人々からしたら、ここはちょっと辛い環境かもしれません。町中で反ロシアとウクライナ支持のスローガンを見るからです。レストラン、スーパー、一般住宅、公的な建物、いたるところにウクライナの国旗が掲げられ、「ロシア人の宿泊お断り」の宿もありましたし、「ウクライナ侵攻反対に賛同しない方はご遠慮ください」と書かれているレストランも見ました。自分自身も戦争に反対だったとしても、これだけ自分の国が非難されているのをみたら、いたたまれないのではないかと思いました。
「ロシアの軍艦、くたばれ」
「ウクライナを一言で言うと、勇敢」
また、ジョージアの先生に聞いた話では、明らかに最近ロシア人が増えきてており、マクドナルドに行ったら周りが全員ロシア人で驚いたとのことでした。報道ではロシア人の移住者は3万人に迫る勢いとのこと。一方でウクライナからの避難者も約2万人受け入れているとのことでした。
まとめ
始めたばかりのグルジア語に比べると、ロシア語は本当にラクで、ひとたびロシア語を使い始めてからは、どんどんロシア語にシフトしてしまいました。グルジア語はめいっぱい頑張って話す感じでしたが、ロシア語は涼しい顔をして自分の言いたいことが言え、相手の言うことも難なく理解できました。
旅先でロシア語を使うのは初めてでしたが、オンラインレッスンでは使わないような表現もパッと出てきました。たとえば Договорились(交渉成立!)や Я возьму это(これを頂きます)など。ロシア語を始めたばかりの頃、入門書やラジオ講座で読んだ表現だと思います。いつも使わない表現でも、いざとなれば使えるんですね。意外でした。
苦労しなかったのは、たまたま複雑なことを理解しなくてはならない場面に遭遇しなかったからだと思いますが、定型的なやり取りは十分こなせると分かり、自信がつきました。
グルジア語は単なるウケ狙いでしたが、ロシア語は必要を満たすツールであり、グルジア語+英語より、ロシア語一本でいくほうが、地元で生活している感がありました。ジョージア人は「ジョージアではもっぱらジョージア語。ロシア語はほとんど使われていない」と口を揃えて言うのですが、うーん、それは努力目標であって、実際は違うのでは・・・、と感じました。わたしが見た感じでは、ジョージア語よりもロシア語を頻繁に使うジョージア人も多く、少なくともトビリシの旧市街は今のところロシア語圏、という印象を受けました。