生活感と生活臭
最近初めて空気清浄機なるものを買いました。 これがなかなかの優れもので 花粉症に効果てきめん。 においにも敏感で、おならでもしようものなら 静音モードからターボに自動で切り替わり、におい退治を始めます。
先日、清浄機がまた突然動き始めました。 どうやらコーヒーの香りに反応したようです。 機械にとっては良い香りも悪臭も同じ、排除すべき対象なのですね。
一方人間には、好ましい香りもあれば疎ましい臭いもあります。 見た目や音、感触に関しても同様で、 それらを総合した「雰囲気」にも同じことが言えます。
全てのものが収納に収められて何一つ出ていない部屋はゼロの状態。 見苦しくないことは確かですが、反面、魅力もありません。 散らかった部屋にはうんざりさせられることもありますが、「味」と感じられることも。 知り合いの部屋には 読みさしの本や楽譜がいたるところに置かれていましたが、 音楽を愛する暮らしぶりが垣間見られ、実に魅力的でした。
どこまでが「味」で、どこから嫌悪に変わるのか、その線引きは難しいところですが、 「『生活感』はOK、『生活臭』はNG」というのがわたしの目安です。 言葉のニュアンスに依存した曖昧な基準ですが、 要は、自分の気配をほのかに感じる程度のうちは、何がどう散らかっていても良い。 でも自分の気配が鼻につきだしたら、部屋を片付け始めます。
初稿:2008年1月24日