最近、立て続けに三回、街で不愉快な目に遭いました。 自転車を走らせていたら、前からきた自転車とぶつかりそうになり、 その相手に怒鳴られたのです。
「気をつけろ!! 危ねえじゃねえか!!」
――そうおっしゃるあなたも危ないんですけど‥。 お互いにぶつかりそうになったのだから、お互いさま。 「ごめんなさい」と双方で軽く謝り合えば済む話なのですが。
いつもなら自分の方から謝るうさぎも、 いきなり怒鳴られては、謝る気をなくします。 怒鳴る相手にはしらん顔。無視を決め込んで通り過ぎます。
でもそうすると、今度は後ろから悪辣雑言をぶつけられたりすることも。
「ブス」、「オバン」「ざけんじゃねえ」‥。
矢継ぎ早に、思いつく限りの言葉をぶつけてくる。
こうなるともう、"通り魔に遭遇した"と思うより他はありません。
聞こえないフリをしてさっさとその場を離れますが、
こういうときふと、"権力が欲しいなあ"、と思ったりして。
もしうさぎがVIPで、後ろにSPが控えていたりなんかしたら、
絶対こういう目には遭わないだろうになあ、と。
今日は特に、怒鳴られたのがうさぎではなくチャアだったので、
余計やるせない気分になりました。
「ああいう輩がときどきいるのよ。だから気にするんじゃないよ」
うさぎはそう言って、チャアの肩を抱き寄せました。
まだわたしが一緒にいるときでよかった。
チャア、あなたのことは、ママが守ってあげるからね――。
ちょっとはいいことがないと、と思って、
二人でハンバーガーとポテトを買って食べました。
人をいきなり怒鳴りつける人というのは、きっと普段、自分が怒鳴りつけられている人。
自分が傷ついているから、人を傷つけずにはいられないのでしょう。
"不幸"というウィルスは、こうして人から人へ、感染していくのです。
この"不幸"ウィルスは、ここで食い止めなくてはなりません。
すぐにワクチンを打って、感染を防がないと。
美味しいものを食べるのは、"不幸ウィルス"への感染を水際で食い止める一番のワクチンです。
ところで、街で出会う"通り魔"は圧倒的に男性です。 女性の"通り魔"には出会ったことがありません。 たぶん、女性は世間体を気にするので、街で人にツバを吐きかけるような真似は、 どんなに精神状態がすさんでも滅多にしないのでしょう。
だけど人が誰も見ていないとなったら、とことん意地悪になれるのはむしろ女のほう。 これも、"降って湧いたような災難"という意味では、"通り魔"と何ら変わりはありません。 むしろ一過性でない分、始末が悪い。慢性化する不幸ウィルスが感染ってしまいそうです。
友だちがこんな話をしてくれたことがあります。
それは以前、彼女がOLだった頃のこと。 とある小さな会社で事務をしていたのだそうです。 同僚は年配の女性がたった一人だけ。 二人で顔をつき合わせて一日中、狭い事務所にいたのだそうです。
ところがこの年かさの同僚は、どうやら彼女のことが気に入らなかった様子。
彼女とは一切口をきいてくれなかったのだそう。
「おはようございます」の挨拶すら、無視。
必要な伝達事項でさえ教えてくれない。
「朝の9時から夕方の5時まで冷たい沈黙に耐える毎日って、
うさぎちゃん、想像できる?」と彼女は言ったものです。
「でも田舎だし、そこを辞めたら他に勤め口があるのかと思うと、不安だった。
だから、辞めたい辞めたいと思いつつも、ずっと踏ん切りがつかなかったの」
そんなある日、彼女は通勤途中で"通り魔"に遭ったのですって。 駅のホームで、見ず知らずの男性にいきなり頬をパシーン!と思いっきり打たれた。
「その瞬間、会社を辞めようと決心したの」と彼女は言いました。 「だってその時わたし、その通り魔の気持ちが分かっちゃった。 それがショックだったの。通り魔の気持ちが分かるようになっちゃおしまいだと思って」
「考えてみたら、わたしも"通り魔"になる寸前だった。 この辛さを誰かにぶつけたくてしょうがなかった。 そんな気持ちになる環境に、自分を置いておいたらダメだと思ったの。 このままじゃわたし、ダメになっちゃうと思った。だから逃げ出すことにしたのよ」
――ああ、どうして彼女が通り魔になんかなるでしょう。 通り魔さえ、自分の肥やしにしてしまえる彼女に。 人はときに、我慢をしてはいけないのです。
また別の人に、こう言われたことがあります。
うさぎちゃん、波長の合わない人は避けなさい。
決して深く接してはいけないよ。
なるべく自分にとって良い環境を選びなさい。
自分の好きな自分でいられるように。
‥だから、今日みたいな日は、早く居心地のよいところに避難しなくては。
自分の好きな自分を守れるように。