一生モノのおトク感覚
「何に浪費しているわけでもないのに、そして収入が少ないわけでもないのに、 うちはなぜだかお金が貯まらない」 というぼやきをよく耳にします。
そうホイホイとお金が貯まっていくわけではないのはわが家も同じですが、 わが家に関しては、その理由はよーく分かっています。 子供にお金のかかる習い事をさせているからです。 それに、年に二度も家族で海外旅行に出かけるからです。
お金が貯まるか貯まらないかはともかくとして、 「貯まらない理由が分からない」のは、あんまり良いことではないように思います。 なぜかというと、それは収入への不満に繋がるからです。
だってほら、「なぜだかお金がたまらない」と不思議がっていらっしゃるそこのアナタ、 もしかしてあなたは、「ひょっとして実は、うちは収入が少なすぎるんじゃないか。 もっと収入がありさえすればお金がたまるんじゃないか」と思ってはいませんか? それとも、お金がたまらないのを、誰かのせいだと思ってはいませんか。 なんだか自分がソンをしているような、そんな気分になってはいませんか。
ウン、実際、そんなふうに考える人はソンをしています。 でもそれは収入が少ないからでも、お金がたまらないからでもなくて、 満足していないからです。 同じ収入でも、同じ貯金額でも、満足して生活できれば、そのほうがよっぽどトクというもの。 同じ人生なら、不満を抱いて過ごすより、満足して過ごしたほうが、絶対トクに決まっています!
そういう種類のトクは、わが家の経済がちょっと良い状態にあるとか、 何かでちょっとラッキーしちゃったとかいうおトク感より、よっぽど貴重なものです。 だって、経済状況なんてものは、ちょっとしたことで良くも悪くも簡単に変わりますからね。 それはもう、あっさりと。 それに、上を見ればキリがない。 ところが、自分なりの生活に満足するコツを身につけてしまえば、これはもう一生モノなわけです。 そのおトクさは、一生消えません。
金銭感覚を身につけよう
じゃあその「一生モノのおトク感」をどうやってゲットすれば良いのでしょう。
一言で言ってしまうと、「金銭感覚を身につけること」です。
何を高いと思い、何を安いと思うか
何に価値を見出し、何を切り捨てるか
自分なりの、そういうルールを作ってしまうことです。
そして、「これは高すぎる」と思ったら、買わない。
「買えない」んじゃなくて「買わない」。
価値を見出せないものは、買わない。
「買えない」んじゃなくて「買わない」。
他人がそっぽを向くようなものであっても、自分が良いと思えば、それは「買い」です。 他人がこぞって欲しがるようなものであっても、自分のルールから外れるものであれば、それは「無視」です。 こういうルールができてしまうと、世の中あんがい「買い」のものは少ないってことに気づかされます。
「いいえ、わたしはあれもこれも欲しくなる。たぶん物欲が強いのだと思います」というお方、 奇遇ですねえ、実はわたしも物欲がとても強いのですよ。 わたしも、欲しいものはとことん欲しい。 そう簡単に諦めたりはできません。 ここ20年くらい、ずっと欲しいと思い続けてチャンスを狙っているものがいくつもあります。
でもわたしの場合、「あれもこれも欲しく」はなりません。 欲しいものと、興味のないもの、その線引きがはっきりしていて、 他のものにはあまり目移りしません。 そして、欲しかったものをひとたび手にいれたら、とことん愛して大事にし、使い倒します。 深くて長〜い愛情を、数少ないものに注ぎます。
なぜそのような愛情を注げるか。 たぶんそれは、とっても気に入って買ったものだからです。 自分の買い物ルールに適った、数少ないものだからです。 わたしの厳しい金銭感覚を越えてきてくれた、稀有の存在だからです。
「金銭感覚」というのは、要はひとつの「価値観」です。 これは好き、これは嫌い、という単純な好みもその一つです。 どんなものが好きで、どんなものになら、どれくらいの金額をかけても惜しくはないか。 その基準です。
たとえば今、メモ帳を買う必要があるとします。 メモ帳は、100円ショップに行けば、いくらでも売っています。 フリーマーケットならもっと安く手に入ります。 銀行や郵便局で、タダでもらえたりもします。
でも、たとえばその人はミッキーマウスが大好きで、 ミッキーマウスがついていないメモ帳は使う気がしないとします。 ミッキーマウスのついたメモ帳は、最低でも250円くらいはします。 凝ったデザインだと、400円くらいします。
結局その人は、400円出して、ミッキーマウスのついたメモ帳を買いました。 この買い物は賢い買い物だったといえるでしょうか。
わたしは、イエスだと思います。 その人はメモ帳なら何でもよかったわけではなく、 「ミッキーマウスのついたメモ帳」が欲しかったのだから、 ミッキーマウスのついたメモ帳を買うべきだと思います。 たぶん、その人は、そのメモ帳を使うたびに幸せな気分になれるでしょうから。 普通のメモ帳では得られない満足を、たった400円で得られるなら、安いものです。 これは賢い買い物だといえるでしょう。
でもたとえば、メモ帳なら何でも良かったのに、 ミッキーマウスが特に好きなわけでもないのに、 なんとなく目についただけのことで、400円の同じメモ帳を買ってしまった人がいたとします。 この場合は、賢い買い物だとは思えません。 なぜならば、400円分、もしくはそれ以上の満足を得られてはいないからです。 タダでだって手に入るものを、400円も出して買ってしまったからです。
お金を使って何かを買うということは、「満足を買う」ことに他なりません。 たとえそれがトイレットペーパーや台所用洗剤のような消耗品だったとしても、 それを購入し、使うことで、何らかの快適さが得られるわけですから。
たとえば仮に、こんな状況を想像してみてください。 何日も雨が降り続いて、トイレットペーパーが底をつきそうなのに、買いに行かれない。 ペーパーをいつもより小出しにして使い、 底をついたらどうしようという不安の中で生活しているとします。 なんとも惨めな気分になりますよねえ。
ところが、です。 ある日空がパッと晴れ上がり、あなたはついにトイレットペーパーを買いに行くことができました。 たまたまその日は特売をやっていて、なんと12ロール198円で買えました。 あなたはついに救われたのです! トイレットペーパーが底をつく恐怖から。
人生がバラ色に見えるのは、そんなときです。 お天気と、トイレットペーパーのありがたみと、安売りの素晴らしさにあなたは感謝することでしょう。 それは、ごくごく普通のトイレットペーパーでした。 ミッキーマウスの顔がプリントされていたりはしない、 なんのプレミアもついていない、ごく普通の普及品なのです。 だけど、そのトイレットペーパーの購入には、深い満足が感じられることでしょう。 トイレでカラカラとペーパーを引き出すたび、あなたはこの時のことを思い出します。 トイレットペーパーのある生活に、感謝の念を抱きます。
金銭感覚が磨かれるのは、こういうときです。 たった198円で、こんな満足が買えるのだと知ったあなたは、当分の間、 いつもよりお金を大事に使おうとするでしょう。 ロールペーパーも大事に使うでしょう。 モノとお金を大事にしようと思う気持ち、それこそが「金銭感覚」です。
失敗は失敗の、成功は成功の母
お金は、本当に使い出があります。 上手に使えば、ほんのわずかなお金で、大きな満足、深い満足が買えます。 少ない金額で深い満足を買うことに慣れてしまうと、 大枚をはたいて僅かな充足を買うことに、抵抗を覚えるようになります。
ですから、金銭感覚を磨くには、良い買い物、良い経験をたくさん積むことが何よりも大事です。 若い頃に買い物の失敗が多いのは、金銭感覚が磨かれていないせいです。 なにしろ経験が足りないのですから、失敗して当たり前なのです。 わたしも若い頃にはずいぶん失敗をしました。 ろくに着ない服に大枚をはたいてしまったり、すぐに飽きてしまったり。 でも、たくさんの買い物を経験するうちに、 何をどんな価格で買ったら、価格に見合った満足が得られるかが、だんだん分かってきました。 今は、昔よりもずいぶんと自分なりの金銭感覚が身についたように思います。
金銭感覚は、適切な出費をするごとにどんどん積み上げられていき、 軽はずみな出費をすると損なわれます。 軽はずみな買い物をしすぎると、それが普通の感覚になってしまいます。 「買い物とは、そういうものだ」という感覚が染み付いてしまうと、 一歩後退、二歩後退というように、金銭感覚がズルズルと退化してしまいます。
「失敗は成功の母」という格言がありますが、こと金銭感覚に関しては、 「成功が成功を生み、失敗が失敗を生む」のです。 ですから、金銭感覚は、磨かれれはじめるとどんどん加速して磨かれるし、 崩壊しはじめると坂を転げ落ちるように崩壊します。 買い物の失敗は大変危険で、一時的にお金を失うだけでなく、 一生の財産である金銭感覚にまで傷をつけてしまうのです。
金銭感覚の自己カウンセリング
ただ、失敗を生かし、成功に繋げる道も、全くないわけではありません。 失敗を失敗として認識し、苦い経験として覚えておくことができれば、 失敗も成功の母にすることができます。
でもそれは決してラクな道ではありませんよ。 いばらの道です。 人間は、なかなか自分の失敗を認めたがらず、 また、自分の失敗を都合よく忘れるようにできています。 その本能に逆らうのだから、本当に大変です。
失敗を失敗として認識し、苦い経験として覚えておく、 そのツールとして一番良いのは家計簿です。 家計簿をつけるという作業を通し、一つ一つの買い物は自然と評価され、 金銭感覚は監視されます。
でもここが難しいところです。 家計簿は、なかなか続けるのが難しいといわれますが、その理由はこの辺にあるように思います。 家計簿を続けるのが難しい一番の理由は、「記帳が面倒だから」ではなく、 「自分の金銭感覚をまざまざと見せつけられて辛いから」ではないでしょうか。 つまり、失敗を失敗と認識し、失敗を覚えておくためのツールだからこそ、 家計簿を続けるのは難しいのです。
家計簿をつけるという作業は、いわば「金銭感覚の自己カウンセリング」です。 淡々と何も考えずに記帳しているつもりでも、いつの間にか何らかの反省が生まれます。 それは良いことのように思えますが、反省が高じると自己嫌悪に陥りがちで、 それで挫折しやすくなるのです。 わたし自身、もう17年も家計簿をつけているのに、いまだにその自己嫌悪が怖くて、 しょっちゅう挫折しそうになっています。
でも、見たくないものに目を覆っていては、根本的な解決にはなりません。 少々辛くても、自分の金銭感覚の現状を把握し、失敗は失敗として認識しないことには、 問題は解決しないのです。
自分の失敗を目のあたりにすると、どうしても自己嫌悪に陥りがちですが、 大丈夫、将来性があるからこそ、自己嫌悪に陥るのです。 なるべく反省しないよう、自分を甘やかしながら、 とにもかくにも、家計簿をつけ続けましょう。 淡々と、何も考えず、反省なんかしようと思わず。 続けさえすれば、きっとそのうち、自分にとっての正しい金銭感覚が見えてきます。 まさに「継続は力なり」です。
そして、ひとたび金銭感覚が磨かれはじめると、もう家計簿つけはやめられなくなります。 なにしろ、「成功の記録」になりますからね。 こうなればシメたもの。 少ないお金で大きな満足を買うことが楽しくて仕方なくなるはずです。
金銭感覚というのは、「お金をきちんと使っている」という実感によって作られるものです。 有意義な出費だったという感覚が自分の手に残れば、気持ちが良いし、 その気持ちよさを積み重ねることで、自分なりの金銭感覚が磨かれてゆくのです。
でも、その感覚は人それぞれ。 ミッキーマウスのメモ帳の例でも書いたとおり、 「何をどんな価格で買ったら正解」ということもなく、 それぞれが、自分にとっての正解を、自分で見つけていくしかないのです。
そして、自分なりの正解を見つけられさえすれば、 不思議とお金が余り、ダブついてくること請け合いです。 もしくは、お金が余らないのは すでに自分が満足をい〜っぱい買っているからだと気づき、納得することでしょう。
いずれにせよ、あなたは収入の少なさに不満を抱くどころか、 その多さに感謝するようになることでしょう。 だって、お金というのは、あんがい使い出があるものなのですから。
初稿:2005年11月13日