マオリ語

マオリ語で喋ってみた

 ニュージーランドのロトルアという町で10日間過ごしてきました。ロトルアは北島きっての観光地。温泉や間欠泉が噴き出る地熱地帯にあり、マオリ文化の中心地でもあります。

村のそこかしこに温泉が噴き出るマオリの村
南半球最大の間欠泉ポフツ・ガイザー

マオリとは

 マオリはニュージーランドの先住民です。自分の出自をマオリと考える人の割合は同国の人口の14.9%にのぼります。アメリカ合衆国におけるネイティブアメリカン(2.9%)、オーストラリアにおけるアボリジニ(2%)と比べ、かなり高い割合です。

 またニュージーランドは先住民文化・言語の保護に積極的。ラグビーのニュージーランド代表チームがマオリの伝統舞踊ハカを踊り、自国をマオリ語で Aotearoa と呼ぶなど、マオリ文化をニュージーランド国民全体のアイデンティティとして大切にしている姿勢が伺えます。

 マオリ語は英語・ニュージーランド手話と並びニュージーランドの公用語の一つ。必修科目ではありませんが、公立学校でマオリ語が学べ、子供向けの絵本を中心にマオリ語の本も多数出版されています。

書店のマオリ語絵本の棚

 マオリショーのスポークスマンは「次世代がマオリのアイデンティティを継承する困難をどのように解決していますか」という質問に対し「マオリのアイデンティティの継承に困難はない」と言い切りました。それは道行く人の姿からも裏付けられます。スーパー、レストラン、ジョギングトレイル・・・。街中の日常的な場面で、マオリショーで見るような特殊な入れ墨を顔に施している人々をよく見かけました。どうやらショー用の一時的なメーキャップではないようです。自分のアイデンティティに迷いがないからこそ、マオリならではの入れ墨を目立つところにいれるのでしょう。

マオリ語とは

 マオリ語はオーストロネシア語族の一派、東ポリネシア諸語の一つです。

マオリ語の語順

 語順はVSO。つまり主語よりも動詞から先に言います。たとえば「わたしはマオリ語を学んでいます」は次のように言います。

  • Kei te ako ahau i te reo Māori. (わたしマオリ語学んでいます

 補語を取る場合でも、主語より補語が前に来ます。

  • Ko ______ tōku ingoa.(わたしの名前____です

マオリ語の発音と読み方

 マオリ語は元々文字を持たない言語でしたが、現在はラテンアルファベットで表記されます。

 母音は日本語と同じ a e i o u の五つ。それぞれ長母音と短母音があり、長母音は ā ē ī ō ū のように表記されます。長母音は「アー」「エー」のように単に伸ばします。

 子音は h k m n p r t w ng wh の10個のみ。ng とwh はそれぞれ一つの音として扱われます。日本語同様、子音だけで発音されることはなく、子音にはもれなく母音がつきます。最初の8個はローマ字読みでよく、wh は英語の f 、ng はガ行鼻濁音で発音します。か° き° く° け° こ°って感じにカ行を鼻にかけて発音します。

 ti は「ティ」ではなく「チ」、tu は「トゥ」ではなく「ツ」と発音してOK。これも日本語っぽいですね。

マオリ語単語の覚え方

 マオリ語なんて全く知らない言葉かと思いきや、学習を開始したとき、知ってる気がする単語がいくつもありました。

ハワイ語との類似

  • aroha(愛)
  • moana(海)
  • mana(霊力)
  • wahine(妻・女性)

 これらはハワイ語として知っていたものです。まずは元は「愛」という意味の有名なハワイの挨拶「アロハ」。ハワイ語では aloha と書きますが、表記の違いに過ぎません。Moana はディズニー映画「モアナと伝説の海」の主人公の名前。mana(霊力)は既に日本語になっているんじゃないでしょうか。ハワイは身近なので、どこかしらで刷り込まれた単語が探せば他にもありそうです。

 そしてそのハワイ語に、マオリ語はとてもよく似ている。語彙だけでなく、語順などの文法や発音も。実はこの二つは東ポリネシア諸語の仲間で、かなり近しい親戚言語なのです。不思議ですよねえ、同じ太平洋の島とはいえ7000キロ以上も離れているのにね。

インドネシア語との類似

 マウイ語はインドネシア語とも似ています。同じオーストロネシア語族の仲間同士なのです。

  • rangi(langit 空)
  • ika(ikan 魚)
  • rima(lima 五)

 インドネシア語は語尾の子音を強く発音せず、マオリ語にはL と R の対立がなく、子音は必ず母音とセットという言語の特性が、綴りの違いから見て取れます。

 文法はそれほど似ていませんが、インドネシア語もマオリ語も「話し相手を含まない私たち」と「相手を含む私たち」を区別します。インドネシア語ではそれぞれ kami と kita 。マオリ語では mātou と tātou 。m と t の音の対立で区別するところも同じです。

地名からの類推

 ロトルア周辺には英語由来とは思えない変わった地名がたくさん。「ロトルア」という地名も元はマオリ語。ロトルアの町は北島で二番目に大きなロトルア湖の湖畔にあるのです。

  • Rotorua(第二の湖) = roto(湖)+ rua(二) 

 あと、ワイオタプ、ワイマング、ワイトモなど、とにかく「ワイ」とつく地名が多い。ワイオタプは様々な色の温泉が沢山湧き出ているところ、ワイマングはかつて黒い水を噴き上げる世界最大の間欠泉があったところ、ワイトモは土ボタルが見られる鍾乳洞。「ワイ」って一体どういう意味?と思って調べたら「水」という意味でした。

  • Wai-O-Tapu(聖なる水) = wai(水)+ o(の)+ tapu(神聖さ)
  • Waimangu(黒い水) = wai(水)+ mangu(黒い)
  • Waitomo(窪地に注ぎ入る水) = wai(水)+ tomo(入る)

 ニュージーランド(主に北島)を意味するマオリ語のアオテアロアは元々「長く白い雲」という意味です。

  • Aotearoa(長く白い雲) = ao(雲)+ tea(白い)+ roa(長い)

 すでに知っている地名を分解するだけでも、語彙が増えます。

借用語

 もともとマオリ語になかったものは、英語から借用語として大量に取り入れらています。そういう単語は元の英単語に似ているので覚えやすい。たとえば

  • tēpu(← table テーブル)
  • pene(← pen ペン)
  • āporo(← apple 林檎)
  • moni(← money お金)

 ただ、英語の音がかなり大胆に置き換わって、一見借用語には見えない場合もあります。L が R に置き変わるのはいいとして、マオリ語には S の音がないので、S の音は H に置き換わります。そうすると全然違って見えます。

  • hipi(← sheep 羊)
  • hōiho(← horse 馬)
  • hoia(← soldier 戦士)

旅行前にやったこと

 旅行前、マオリ語に関してやったのは主に以下の三点です。

  • マオリ語学習アプリTIPU
  • アルファベットの歌を覚える
  • 辞書の利用

マオリ語学習アプリTIPU

 TIPUは英語話者のためのマオリ語学習アプリです。簡単な文法説明のあと、英文をマオリ語に翻訳するレッスンがひたすら続きます。けっこうスパルタです。

 語学は「習うより慣れろ」。マオリ語の文をまるまる書かされるのはきつかったですが、類似問題をひたすら解いたおかげで、マオリ語の独特の語順にだいぶ慣れました。毎日1~2時間ノートを取りながら解答し続け、2週間ほどで全てのレッスンを一通り終えました。

マオリ語のノート

 老眼には文字が小さすぎる、キーボードの反応が遅いといった欠点はありますが、無料にしてはよくできていると思います。コンテンツは今後拡充される予定だそうです。

アルファベットの歌を覚える

  Ahakamana というマオリ語アルファベットの歌がYouTubeにたくさん上がっています。現地の方と一緒に歌うチャンスがあるかも?と思い、発音練習も兼ね、空で歌えるよう練習していきました。規則的なので簡単に覚えられ、完璧に覚えるまで一週間もかかりませんでした。

 現地でもこの曲がかかっているのを耳にしましたが、残念ながら歌うチャンスには恵まれませんでした。ノリがよいので今でもつい口ずさんでしまいます。

Ahakamana Te Reo Maori alphabet song

辞書の利用

 マオリ語単語や地名の意味を調べる際に使ったのはGoogle翻訳と Te Aka Māori Dictionary という辞書です。Te Akaはオンラインなら無料で使えますが、600円と安価だったので、有料アプリを購入しました。

Te Akaアプリの画面

 辞書を引いて痛感したのは、一つ一つの単語の意味の広さです。その上、一つの単語が様々な品詞になる。たとえば aroha は「愛」という名詞にもなれば「愛する」という動詞にもなる。更に、wai(水)とwai(誰)のように同音異義語も多数あって紛らわしい。辞書を引いてもいまいち意味が分からないことが多々あります。

 ただ単語の意味の広がりには理由があります。たとえば Māori という言葉は本来「普通」という意味の言葉だった。ところがそこに「普通とは違った人々」が外からやってきたことで、 Māori は自らの呼称となった。そういう過程を知ると、単語のイメージがつかみやすくなります。

旅行中に使ったマオリ語

 一応マオリ語を学んでみたものの、ニュージーランドで使うチャンスは一度もないのではないかと危ぶんでいましたが、以下の三つのフレーズを言ってみるチャンスがありました。

  • Kia Ora(こんにちは・ありがとう・さようなら)
  • Nō Hapani ahau.(日本から来ました)
  • Kei te ako ahau i te reo Māori. (わたしはマオリ語を学んでいます)

Kia Ora

 Kia Ora は元は「健康であれ」という意味のカジュアルな挨拶。ニュージーランド航空に搭乗する際やお土産屋さん、観光スポットなどで Kia Ora と挨拶されるので、Kia Ora と返すチャンスはけっこうありました。

テ・プイアの入場ゲートにも「Kia Ora」

Nō Hapani ahau

 どこの国に行っても、現地の言語がなんであれ、受ける質問ナンバー1は「どこから来たの?」です。今回も幾度となく”Where are you from?”と訊かれました。

 つい反射的に英語で I’m from Japan と答えてしまうのですが、せっかくマオリ語を覚えていったので、マオリ語で Nō Hapani ahau.(日本から来ました)と付け足してみることも何度かありました。でもあんまり反応はなかったので、通じていなかったのかも^^;

Kei te ako ahau i te reo Māori

 このフレーズは二度使いました。一度はテ・プイアのお土産屋さんで。こちらが日本人と分かると日本語で挨拶されたので、きっとこれは日本語だけでなくいろんな言語が話せるのだろうと思い「一体何言語話せるんですか?」と尋ねると「母語である英語とマオリ語(te reo Māori)以外は挨拶程度です」。

 ”Maori language”と英語でいわず、そこだけ”te reo Māori”と、マオリ語で言ったのが印象的でした。実はこれって他の言語でも時々あります。たとえば「インドネシア語」というとき”bahasa Indonesia”とそこだけインドネシア語で言う。こうした言い方には、その言語への限りない愛情が込められているような気がしてならない。そこでマオリ語(te reo Māori)という表現をそのまま使って「マオリ語を学んでいます」と言ってみたのです。

 幸いにして、そこから怒涛のマオリ語会話が始まるということはなく(笑)、でもへええ、っていう感じで喜んでもらえた気がします。

地熱公園テ・プイアはマオリの文化センターでもあります

 もう一度はフリーマーケットのキリスト教関係(たぶんBible Society)のブースで。マオリ系の方ではなかったのでマオリ語が通じたかどうかはわかりませんが、興味は持ってもらえたようで、英語で話がはずみ、マオリ語の読みものを三冊頂いてきました。

 一冊目は、英語の文章にところどころ、Ihowa(神)や aroha(愛する)といったキーワードだけマオリ語が埋め込まれた子供向けの冊子。二冊目は絵本で、マオリのキリスト教化のエピソードをマオリ語で語ったもの。三冊目は聖書物語の漫画化(アメコミ風)で、左ページが英語、右ページがマオリ語の完全対訳。それぞれレベルが異なり、今は一冊目のレベルがちょうどよい。良いものを頂きました。

マオリ語の自己紹介

 ニュージーランド航空の機内で見た子供向けのドラマで、主人公の男の子が手話とマオリ語で自己紹介をする場面があります。

Ko Doug au.(Doug です

Tēnā koukou katoa.(みなさん、こんにちは)

No ingarangi ahau.(イギリス出身です

Ko Kirikiriroa te whenua tupu.(故郷ハミルトンです

Ko Tāmaki Makaurau te kainga.(住まいオークランドです

Tēnā tātou katoa.(みなさん、ありがとうございました)

 これを自分用にアレンジするとこんな感じでしょうか。

  • Ko Uhaki au.(わたしうさぎです)
  • Tēnā koukou katoa.(みなさん、こんにちは)
  • No hapani ahau.(わたし日本出身です)
  • Ko Tōkio te whenua tupu.(故郷東京です)
  • Ko Iokohama te kainga.(住まい横浜です)
  • Tēnā tātou katoa.(みなさん、ありがとうございました)

 このドラマです↓

The Kids of Kōrero Lane – Season 4 Episode 2 Pepeha / About Me

最後に

 元々それほどニュージーランドに興味があったわけではありませんが、たまたま安い航空券を見つけたので行くことにしたら、短期間にせよマオリ語とマオリ文化について学ぶ良い機会となりました。

 ニュージーランドの人々はとにかく親切で、街角でちょっと困っていると見るや否や、遠くのほうからでも近づいてきて「何かお手伝いできることはない?」と聞いてくれます。そしてこちらが外国人だと見て取ると、ゆっくり分かりやすい英語で話してくれます。

 ただ、自分に向けられた言葉は分かるのですが、団体ツアーのガイドさんが不特定多数に向けて発信する説明は時に半分くらいしか分からず、諦めて耳が閉じてしまうこともありました。

 でも不思議と興味のあることはわかるんですね。マオリ文化のショーで、文化の細かい説明はよく分からなかったのに、質疑応答になった途端、まるっと聞き取れるようになりました。質問が面白かったからだと思います。

Q: ショーの出演者たちは皆この村に住んでいるんですか、それともショーのために毎日どこかから出勤してくるんですか

A: この村には住んでいないが、世界のどこに住んでいても我々の出自に変わりはなく、一族の結束は固い

Q: 自分たちの文化を見世物にして金を稼ぐことに否定的な者はいないのか

A: いることはいるが、そんな意見に耳を傾ける必要があるだろうか。マオリは200年も前からこのような形で外国人相手にマオリの文化を見せているのだから

 ・・・いやー、みんなよくそんなこと単刀直入に聞けますねえ(笑)。

Q: 一体どういう経緯でタトゥーを入れるのか

A: 人によるので、自分の体験を話そう。自分は30代の頃、頭にタトゥーを入れようとある日突然思い立った。スペイン系の妻には「頭がおかしいんじゃないの」と呆れられたが、2か月迷った末、結局頭全体に入れた。タトゥーがよく見えるよう週に2、3回頭を剃ってスキンヘッドを保っている

Q: 外国人がマオリのタトゥーを真似て入れることについてどう思うか。外国人がハカ(マオリの伝統的舞踊)を踊るのは?

A: 全く構わない。むしろ好意的に受け止める

 ・・・なら、マオリ語を外国人が学ぶのもOKそうですね。むしろ好意的に受け止めてもらえそうです。

ロトルア周辺にはこうしたマオリの彫刻がそこかしこにあります。
マオリの木彫りを施した村の教会
大聖堂にもマオリの彫刻
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