フランス語

『おじさん、語学する』

 最近、外国語学習法や言語学に関する本ばかり読んでいます。試験から解放されて最初に読んだのが『おじさん、語学する』という本です。アマゾンの書評がよかったので目を惹いたのですが、これが本当にとてもよい本でした。

 この本は外国語学習法を扱った本ですが、同時に小説です。これまでロクに語学なんてやったことのないフツーのおじさんが、フランス語しか話せない4歳の孫と会話したい一心でフランス語を学ぶお話です。

この本の特徴

外国語学習者の心理

 この本の素晴らしいところはまず、外国語を学ぶものの心理がこと細かに綴られているところです。小さな成功に酔ったり、うまく行かなくてガッカリしたり、イライラしたり、行き詰ったり。そういう日々の気分の浮き沈みを超えて、それでも孫と会話したい一心で気を取り直す主人公に共感を覚えるし、読んでいるだけで「ワタシもガンバロ!」という気持ちになります。

身近な成功

 この本の良いところは第二に、「身近な成功」を題材にしていることです。物語は主人公の成功譚ではありますが、その成功は「4歳の孫と意思の疎通が図れた」という程度のもので、決して「ペラペラになった」わけではありません。でも思い立ってからフランスに旅立つまでの1年半で、まがりなりにも電話でホテルの予約をとり、悪戦苦闘の末、あまつさえ室料を値切ってしまうのですから、たいしたもの。「その程度のことでは成功のうちに入らない」と思う人もいるかもしれませんが、わたしにとってはすごく魅力的。10年かけてペラペラになるより、むしろ1年半で主人公のレベルになりたいです。

 壮大な夢を見るのも結構。でも目標が遠すぎると挫折しがちです。まずは身近な到達点を見出すことを、この本は教えてくれます。

明るい未来の予感

 とはいえ、主人公はすでに「ペラペラ」への第一歩を踏み出しています。この先もこの調子でずっとフランス語を続ければ、きっといつかペラペラの域になるでしょう。そう思わせてくれるところが、この本の第三の魅力です。中盤に大きなターニングポイントがあって、主人公のフランス語回路が不完全ながらも始動を始めます。その記述が、主人公の明るい未来を予感させるのです。この部分の記述はあまりに素晴らしいので、最後に引用します。

フツーのおじさんが主人公

 第四の魅力は、フツーのおじさんを主人公にしていることです。「フツー」というのは否定的な意味ではありません。日本にいる何千万人もの「フツーのおじさんたち」はそれぞれみな、それまでの人生で培ってきた経験を持っています。この本の主人公には長年インスタントラーメンの営業で培ってきたノウハウや方法論があり、それをフランス語学習にも生かします。

 でも決して、ラーメンを売ったことがなければフランス語が習得できないと言っているわけではありません。それまで自分が培ってきた経験を過小評価せず、最大限に生かすことを勧めているのです。日本にいる無数の「フツーのおじさん・おばさん」に対して、「あなたがたの持っている経験や知恵って、こんなに役に立つんですよ」というメッセージを発しているのです。

外国語学習のヒント

 最後に、ただの物語としても完成度が高く、表現がユニークで、飽きずに読ませますが、それに加えて話の合間に、外国語学習のヒントや、気の持ちようのヒント、果ては語学教材を安く手に入れる方法や、ホテルの値切り方まで書かれているのが魅力です。こうしたヒントは、モチベーションが下がったときの起爆剤になりますから。だいたい、外国語学習において、みんながいちばん知りたいのは、鉄壁の方法論よりも、実は「モチベーションが下がったとき、自分を立て直すための呪文」じゃないでしょうか。主人公にとってその呪文は、孫の名前とフランスから送られてきたビデオの中の笑顔ですが、わたしも主人公に倣って、自分なりの呪文を見つけたいと思います。

フランス語回路

 最後に、主人公の語学回路が起動したときの描写を引用します。

 精神が乱れると、頭が、フランス語モードと日本語モードの間をフラフラする。見栄や外聞にこだわって心が乱れると、フランス語モードを踏み外して怪我をする。耳が日本語状態になったりフランス語状態になったりするたびに、フランス語は、チンプンカンプンな日本語に聞こえたり、すっきり分かったりした。完全にフランス語モードに入ると、日本語意識が消えるらしい。すると、手持ちの語彙だけでもけっこう用をたすことができる。日本語意識が戻ると、とたんに不便を感じて絶句する。

        ・・・・(中略)・・・・

 フランス語回路に切り替わると、日本語とペアを組んでいない単語、つまり、いい加減に聞き覚え、日本語で意味が確認できていないフランス語、いわば潜在意識にプカプカ浮かんでいる単語が、知っている単語にぶらさがって浮かび上がってくる。フランス語回路にインプットされた単語は、他のフランス語単語とだけつるんでいて、日本語の重しはついていない。フランス語同士で手をつないで自由に飛び回っている。

 この部分を読み終わったとき、非常に大きな爽快感を感じました。「語学回路が起動する感覚」というのは、実は私自身、経験があるからです。まさにこの記述通りの感覚。アラビア語学校に通っている間は、毎日が、アラビア語回路が通じたり、閉じたりの繰り返し。うまく回路が繋がったときは、頭の中は完全にアラビア語モードになり、自分でも驚くほどに、スラスラと口からアラビア語が出てきますが、ふとした瞬間にそのバランスが崩れると、なかなか元に戻すのが難しいものです。

 学校に行くまでの道すがらは、アラビア語回路を作るべく、アラビア語で考えながら歩くのですが、学校に着いてたとえば誰かと英語などで二言三言でも会話したりすると、もう先生が何を言っても、遠くのほうから聞こえてくる音楽のように意味をなさなくなり、頭の中に単語のスペルが浮かんでいてさえ、その単語を発音できなくなります。

 「自分ではうまく言葉にできかった感覚を、よくぞ言葉にしてくださいました!」と著者に言いたい。ちなみにこの本の著者は、外国語学習の研究に長年携わってきた大学の先生。塩田勉博士です。

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