Brunei  ブルネイ・ダルサラーム

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【 一難去ればまた一難 】

月 offered by 梓

出発日の午前中。 小雨の降る中、きりんとうさぎは自転車を走らせていた。
行き先は家から20分ほど離れた激安電気店。 ビデオカメラの具合が思わしくないことを昨晩になって発見し、 出発日の当日になって、新しいのを買いに走ったのだ。

幸い店頭に、以前からきりんが目をつけていた機種が、悪くない価格で出ていた。 それを買って家に帰る途中、うさぎはそれまでの悲観的な気分から、ふっと楽観的になった。

振り返ってみれば、今回の旅行は旅行前からトラブル続きだった。 次々と持ち上がる難題に、うさぎの頭にはじんましんができた。 初めての個人旅行にして、飛行機の乗り継ぎあり。 おまけに行き先は、日本人が滅多に訪れない小国。 いくらなんでも、このハードルは高すぎたのかもしれない。 うさぎは頭を掻きむしりながら、この高いハードルに挑んだものだった。

最初のハードルは、航空券がなかなかとれず、キャンセルを一週間待ったこと。
それがようやく取れたと思ったら、 こんどはシンガポールで9時間もある乗り継ぎ時間を過ごす トランジットホテルがとれないことが判明した。 当日になってもまだキャンセル待ち状態が続いている。
ブルネイでの滞在先であるエンパイア・ホテルの方はなんなくとれたものの、 こちらもコネクティングルームリクエストの確約が取れていない。

日程にもさんざ気を揉んだ。
一年にたった4日しかない王宮のオープンハウスの日を狙い、 前にも後にも1日たりともずらせない スケジュールの合い間を縫うように計画した旅行だったが、 肝心のラマダンが明ける日は、正確にはその前夜にならないと分からない。 後ろにずれるのは数日程度なら構わないけれど、万が一、前倒しになりでもしたら、 うさぎたちの渡航は王宮のオープンハウスの最終日に間に合わない。
だからここ数週間は、 「ラマダンが予定より早く明けたりしませんように」 と、ただただ祈るような気持ちだった。

ラマダン月は新月に始まり新月に終わる。 古い月が消え、新しい上弦の月が確認できればハリラヤとなるが、 それはいまだに目視によって行われている。
マレーシアとインドネシアとブルネイに賢人が一人づついて、 その3人の博士が同時に月を観測するのだそうだ。 そのうち二人が、「上弦の月が見えた」といえばラマダンが明けハリラヤとなるが、 二人が「見えない」と言えば、ラマダンは明けない。
天体の軌道というものは決まっているのだから わざわざ観測しなくともよいと思うのだけれど、とにかくそういうしきたりになっている。

月齢カレンダー通りにいけば 12月6日より前にラマダンが明けることはなく、 うさぎたちは王宮のオープンハウスに間に合うはずなのだ。
だけどなにしろ人間の目で確かめるのだから、 何かの拍子に下弦の月が上弦の月に見えたりしないとも限らない。 だから、5日にラマダンが明けなかったときの安堵といったらなかった。

そんなこんなで気を揉み続けた最後のダメ押しが、このビデオの不具合であった。
まったく、前日の夜になってビデオの調子が悪いのに気づくなんて!
これは「行くな」という天の啓示ではないかとすら思った。

けれど、新しいビデオも無事手に入り、 うさぎはやっとここでブルネイ旅行に王手をかけたような気分になった。
シンガポールのホテルが取れなければ、 9時間もの時間を空港の堅い椅子の上で過ごさねばならず、 その不安はいまだ胸に大きくのしかかっていたけれど、 ブルネイに辿りつけることに変わりはない。 航空券が取れない心配、ラマダンが予定より早く明けて王宮に行かれない心配、 ビデオの調子が悪くて思い出を映像に残せない心配に比べたら、 トランジットホテルが取れないくらい、何なのだ。
それにビデオを手に入れた今のうさぎには、楽観的な予感さえ生まれていた。

トランジットホテルだってきっと取れる
飛行機だってちゃんと乗り継げるに違いない

という。

だって、結局エアチケットは手に入り、
ラマダン明けは予定通り、
ビデオだってこうして買えたんだもの

――それがこの楽観的な予感の、根拠とはいえない根拠だった。

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