Canada  北米一のゲレンデ・ウィスラー

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【 天使のくれたアメ 】

クリスマスのお人形

夜の9時から9時間しっかり眠って起きた朝。だが、ゆうべからうさぎは体調が悪い。 この体調で、バンクーバーまで2時間の車に乗るのかと思うと憂鬱だった。

朝食は、クロワッサン、マックナゲット、コンソメスープ、フルーツヨーグルト、それにアップルパイの残り。 IGAでの買い出しの度に買うのに、 人気が高くてほとんどうさぎの口に入らずにきたコーンブレッドもテーブルに並んでいる。 でもこれから車に乗ることを考えると、朝食は控えめにしなくては。 うさぎは食べかけのコーンブレッドを自分のリュックにしまい、酔い止めを飲んだ。 子供たちにも飲ませた。

集合はロビーにて、8時半。早めにチェックアウトを済ませ、ロビーで定刻を待った。 けれど、集合時刻まであと5分という時になって、うさぎはいてもたってもいられなくなった。 朝食は腹八分にしたけれど、酔い止めを飲んだけど。‥やっぱり不安! こうしてソファに腰掛けているだけでさえ、こんなに気分が悪いのに、二時間以上も車に乗るなんて、 やっぱり不安だ。せめて、なにか口に入れておけるものが欲しい。

そうだ、ガムかアメを買いに行かなくちゃ‥!

うさぎはツアー係員のお姉さんに事情を話し、近くにアメか何かを売っている店はないかと尋ねた。
お姉さんは出発5分前に突然こんなことを言われて慌てた。 彼女は明らかに迷惑そうだったが、それでも、近くに立っていたホテルマンに同じことを尋ねてくれた。 するとその彼は少し考え込み、
「近くに店はないけれど、レストランにハッカアメが置いてあったと思う。 取ってくるから、ここで待っているように」と言って、ドアの向こうに消えた。

ほんの数分して、彼は両手にどっさりと、色とりどりのアメを持って現れた。
「お気に召すかどうかは分かりませんが、もしこれでよろしければ、どうぞ」 うさぎの両手に、こぼれるばかりのアメを手渡し、彼は言った。

うさぎは感激した。切羽詰まったこの土壇場で、天使が舞い降りたかと思った。 天使といっても、ぽっちゃりしたお尻のベビー天使の類ではなく、大天使ミカエルレベルの大物天使が。
「ありがとう、本当にありがとう‥!」とうさぎは彼の手を取り、何度も礼を言って、車に乗り込んだ。 彼は穏やかな笑みをうさぎに返した。

16人ほどの客を乗せた車は、バンクーバーに向けて出発した。うさぎは早速、もらったアメを口に入れた。 アメを口に入れただけで、うさぎの気分はグッと落ちついた。

このアメさえあれば、大丈夫

そう思った。 相変わらず気分は悪いが、それでもバンクーバーまでの2時間をなんとか乗り切れそうだという自信が湧いてきた。

車の中で目を瞑り、眠くなるのを待ちながら、うさぎはさっきのホテルマンのことを考えた。 うさぎはホテル滞在中から、彼を感じのいいスタッフだな、と思っていた。 いつもロビーにいて、いつか山の天候について尋ねた時も丁寧に応対してくれた。

ホテルマンの仕事というのは、本当に小さなことの積み重ねだ。 ホテルマンの小さな心配り、小さな親切が、ホテルの質を決め、ホテルの評判を左右する。 そういう意味でもデルタ・ウィスラービレッジ・スイーツは本当に良いホテルだった。 たとえ部屋があの半分の広さだったとしても。たとえ、あの可愛らしい外観でなかったとしても。

でも、ちょっと待てよ――。

ふと、心に引っ掛かるものを、うさぎは感じた。果たして彼にチップを差し出さなくてよかったのだろうか? アメを取ってきてもらったことにあれほどの恩義を感じながら、 うさぎは「ありがとう」の言葉だけでその場を済ませてきてしまった。 「アメ」という物理的なモノさえ貰っておきながら。

ここが日本ならば、多分これでいいのだと思う。 アメをくれたホテルマンへの感謝は、ホテルへの評価に還元すればいいのだと思う。 「やあ、いいホテルだったな」と思うのが、ホテルマンへの正しい感謝の仕方なのだと思う。 はした金を差し出され、「ハイ、これで貸し借りなしね――」とされるより、 無料のサービスを長く心に留め置いてもらった方が、向こうもありがたいに違いない。 ホテルマンを含め、日本のサラリーマンはみな会社の為に仕事をするのだから。

けれど、ここはチップの国だ。人の働きに対して、金銭で評価をする国。 そして、決して会社に滅私奉公したりしない個人主義の国。 こういう国で感謝の気持ちを伝えるには、たとえ少額であっても金銭を用いるのが正しかったかもしれない。 彼は大人しく、ただニコニコと微笑んでいたけれど、 うさぎは彼にとても申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。

――ああ、ごめんなさい!
こんなにもこのアメに助けられているのに、わたしはあなたの心配りをチップで評価することを怠ってしまった。
あなたをタダ働きさせてしまった――。

感謝の気持ちが強い分、後悔も深かった。 一体どのくらいのチップを出すのが妥当だったのか、それすら未だに分からないけれど、とにかく、 人に何かをしてもらってチップを出さないのは、この国では大変なマナー違反だったのではないか、と思った。

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