Fiji  マナ島とフィジアン

<<<   >>>

【 カバの儀式T マナ編 】

カバの儀式

アイスを食べ終えてから、カバの儀式が始まるまでは、1時間ちょっと。 アクティビティの合間の細切れの時間は、海やプールで遊んだり、卓球をしたり。
ここは海もプールもフィジアン・ブレも部屋もレストランも、みんな近くに固まっているのがいい。 美しい自然の中をあちこち歩きまわっていると、リゾートがどんどん「勝手知ったる自分の庭」になってくる。

で、カバの儀式。これはフィジーに行ったら絶対に経験して帰りたいと思っていたものだ。 「カバ」というのは南太平洋特有の飲み物で、それを客に振る舞うのには、いろいろとしきたりがある。 その作法を「儀式」と呼んでいるのだ。要は、茶の湯のようなものだろうか。

この儀式についてはすでにホームページやガイドブックで飽きるほど読んでいる。 それによれば、このフィジアンの大好物の「カバ」という飲み物は、 「おいしくない」どころか「信じられないくらいマズい」というのが、多くの日本人の一致した意見だった。 皆が口を揃えて「マズい」というものを口にするのは怖い気もするが、 それでもやはり「これを飲まずしてフィジーは語れない」と、覚悟を決めてきた。

4時を少し回ってフィジアン・ブレに行ってみると、さっきまでここに干してあった木の根っこが、 鉄の入れ物の中で、すっかりパラパラの粉になっていた。 腰ミノ姿の大きなフィジアンの男性が、これまた子供たちに囲まれて、カバの木の根っこを叩きつぶしているのだ。 その鉄の入れ物は、形も厚みも、小さな鐘を逆さにしたような感じ。 そこに長い棒を突っ込み、カーンという、まさに鐘の音を響かせながら、根を突いている。
「わたしにもやらせて!」と言うと、彼は棒を貸してくれた。けれど、うさぎが棒で突いても音がしない。
「違う、違う。こうだよ。カーン、ドスン、カーン、ドスンってやるんだよ」と彼が教えてくれた。 どうやら、根を一度突いたら、一回内壁を叩いて打ち鳴らすのが正しいようだ。 どうしてわざわざ内壁を叩くのかは分からないけれど、この方がリズムが生まれて、突きやすいような気もする。 お餅つきの時のリズムと同じ、2拍子だ。もっとも、それでも10回も突いたら、すっかり疲れてしまった。 なにしろ棒が重いのだ。棒は鉄で出来ていて、うさぎの背丈ほどもあるのだから。
白人のじいさんが、「わしは100回突いてみせるぞ」と宣言し、汗だくになりながらその公約を果たした時には、 大したものだと思った。あとでぎっくり腰にでもならなけりゃいいけど‥。

すでにすっかり粉になっているカバの根を突く真似事を皆がしおわると、いよいよ儀式の準備が始まった。 いつの間にか、フィジアン・ブレには大人が集まってきていて、板の間にペタンとお行儀よく並んで座った。

フィジアンの彼はすっかり粉になったカバの根を鉄の入れ物から新聞紙の上にあけ、更にそれを布の袋に入れた。 オバサンが一人やって来て、プラスチックのたらいに入れてきた水を、 大きな木をくりぬいて作った浅い足つきのボールに入れた。 彼はその木のボールを挟んで客人たちと向かい合って座り、おもむろにカバの根の入った袋を、 水の中で揉みはじめた。ちょうど、洗濯板で洗濯をしているような感じだった。 しかも、カバの根のエキスが水に溶けだして水をうす茶色く染めてゆく様は、 まさに泥だらけの靴下を洗っているみたい。
「う、うーむ‥」うさぎは心の中で唸った。さすがにあれを飲むのは、ちょっとイヤかも‥。 古ぼけたたらいで持ってきた水。その水の中で、自分の手の垢をこそげ落とすような調子で、布の袋を洗う彼‥。 「衛生」という二文字を忘れずしてとても口にできる代物ではない。 しかも。どうやら、これは「回し飲み」のようだ。

ただでさえ胃が弱いうさぎが、
ただでさえ口にしたことのないものを口にするのに、
この不衛生で、大丈夫なんだろうか――?

すっかり「カバ」が出来上がると、彼はそれをココナツの中果皮のカップに取り、さっきのじいさんに勧めた。
「いいですか、今日はあなたがこの儀式のチーフですからね」と彼は言ったものだ。 「チーフ」というのは、一番最初にカバを振る舞われ、また、会のお開きを宣言するお役目らしく、 日本の茶の湯に置き換えてみれば、ほぼ「主客」にあたるもののようだ。

まず全ての男性がカバを振る舞われ、その後女性に振る舞われた。 運び役のおばさんにココナツの杯を差し出されたら、客はまず手を一回打ってから、それを受け取る。 その客がカバを飲みはじめたら、他の人は3回手を打ちながら見守る。 そして杯が空になったら、「お手前」役の彼が、「マァザァ〜〜!」と、感極まったように叫ぶのだ。 何でもこれはフィジー語で「空になった、飲み干した」という意味らしい。

きりんはカバを飲む気はさらさらなかったようだが、ブレの脇でビデオを構えていたら、 杯を差し出されてしまった。皆の目が集中し、「いや、結構です」とはとても言えない雰囲気。 これは一応「儀式」だし、断りでもしたらバチが当たりそうだ。 それできりんもしきたり通り、ちゃんと柏手(?)を打ち鳴らし、飲み干した。

主客のじいさんから始まり、全ての男性が一杯づつ飲んだ後に、女性陣にもカバが振る舞われた。 そのトップバッターはうさぎ。 これまで10人ほどの男性がカバを飲むのを見てきたというのに、いざ自分の目の前に杯を差し出されたら、 頭の中は真っ白になってしまった。

ええと、手を打ってから杯を受け取るんだっけ? それとも受け取ってからだっけ?
いやいや杯を受け取ってしまったら、手なんか打てるはずないじゃないか――。

そんなことをグルグル考えていたら、古ぼけたたらいで運ばれた水の衛生問題も、 水に溶けだしたお手前役の彼の手垢も、回し飲みも、みんなどっかへ飛んでいってしまった。 頭にあるのは、なんとか恥をかかずに自分の番をやり過ごすことだけ。 どんなにマズくても、口からカバを吹き出したりせずに――。

柏手を一度打ち鳴らし、杯を受け取って口に運ぶ。カバを口に含むと、口の中が痺れた。 まるで歯医者で口の中に麻酔を打った時みたい。食べ物では経験したことのない感覚だ。 味は、まさに「胃薬のような味」。ほろ苦く、草の匂いがした。

うさぎの番は無事終わった。その場の大人全員に杯が回ると、子供には杯が回ることなく、 帰りたい人は帰っていいことになった。 フィジアン・ブレを後にしながら、うさぎは無事カバの儀式を体験できたことに感謝した。

胃薬だと思えば、飲めない味でもなかったな。どうやら胃も壊れていないみたいだし。
‥いや、それどころか、飲む前よりもいいみたい。
今朝はあまり胃の調子が良くなかったのに、なんだか今は、いつになく胃が軽いような気が‥?

<<<   ――   2-7   ――   >>>
TOP    HOME