さて、苦労して入手したチケットを持ち、三人はホリディ・イン発5時の、 ジャーマンスルアウ行きのツアーバスに乗り込んだ。 ねねちゃんはバスを待っている間に眠ってしまい、バスが目的地に到着するまでのちょうど一時間、 ぐっすりと眠ったままだった。
大きなツアーバスはほぼ満員で、しかもわたしたち以外は全員アメリカ人、それでバスの中はすごい盛り上がりようだった。 男性のガイドさんが
「やあみんな、ノッてるかい?」
と叫ぶと、みなが声を揃えて"イエーイ!"と応えた。
「みんなはどこから来たのかな? バージニアの人!」とガイドが尋ねると、バージニア州からきた人が手をあげた。
「カリフォルニアは?」と尋ねると、また別の一群が手をあげた。
おとなしく手だけあげる人もいれば、イエーイ!という歓声つきで手を振る人も。
ガイドさんは、アメリカの州の名を一通り尋ねると、パパに向かって「どこから来たの?」と尋ねた。 パパが"ジャパン"と答えると、ガイドさんは言った。
「仕事できたんじゃないのかい?
ホテルでも買いに来たのかと思ったよ」
と。これにはみんながどっと笑った。でも、ママは笑えなかった。 なんだかこのジョークに毒が込められているような気がしたから――。
旅行に来る前、「ハワイに行くんだ」と言うと、
「ふうん。気をつけてね。でもまあハワイなんて日本の一部のようなものだから、心配することないか」
って言われることが何度もあって、ママも"ハワイは日本人のためのリゾートだ"ぐらいに思っていた。
でも、実際にハワイに来てみたら、ホテルの中でもワイキキの街中でも、不思議なくらい日本人の姿を見かけなくて、
「ああ、やっぱりここって、しっかりアメリカなんだ」って再認識した。
「どこでも日本語が通じる」って聞いてきたのに、全然そんなことなくて、
容姿を見て「あ! 日本人の店員さんだ!」って思って日本語で話し掛けても、
どうしたことか全然日本語が通じないこともあった。
外国に来てるんだもん、日本語が通じないのは当たり前なことなのに、
そういう体験をして初めて日本語が通じないことにびっくりした。
いま「ホテルでも買いに来たのかと思ったよ」と言われて急に、そういうことが頭を駆け巡った。 アメリカの人たちから見たら、きっと、こういう日本人の態度って、傲慢に見えるのかもしれないな、って思った。 日本人に切り売りされていくハワイのホテルや土地、 日本人観光客に少しでも多くお金を落としていってもらおうとする同胞のカタコトの日本語、 そういうのを見たり聞いたりしていると、本土から来ているアメリカ人は、 歯がゆくてくやしくてしょうがないんじゃあないか、と思った。 日本語が通じないのを発見して以来、ママは外では英語を使うことにしたのだけれど、ママが英語で話すと、 お店でもどこでも、とても喜ばれた。 これはこれで、アメリカで英語を使って、どうして喜ばれるんだろう、当たり前のことなのに、って思ったけど。
アメリカにはいろいろな人種がいる。それに、アメリカの市民権はすぐ取れる。 だから、どこからどこまでがアメリカ人、と区別をつけるのは難しい。 でも、ここに来て分かった。英語が話せない人、話そうとしない人、英語が理解できない人、理解しようとしない人は、 少なくともアメリカ人ではないのだ、と。そして、そういう外人に、アメリカ人は決して寛容ではないのだ、と。
ガイドさんは「ホテルを買いにきたかと思ったよ」と言ったあとにも、二言三言、ママたちをダシにして笑いを取った。 何を言われているのかよく分からなかったけれど、とにかく自分たちのことを言われていることだけは確かだった。 それでママは、あいまいな苦笑いを顔に浮かべておいた。 ここで身を守る一番の策は、英語が分かるフリをすることだという気がしたからだ。