Indonesia  バリ島芸術の村ウブド

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【 キャッシング騒動 】

ガルーダの像

夕方、アラムジワに一台の車がうさぎを迎えにやってきた。 現地旅行会社スカスカバリの車である。 これからこの車で、次のホテル・アラムプリに移動するのだ。
アラムジワのスタッフが木戸のところにずらりと並んでうさぎを見送ってくれた。
「まだお別れじゃあないのよ。明日ここにまた絵を描きにくるから」 うさぎは自分に言い聞かせるようにそう皆に言ったが、 思わず涙ぐみそうになり、体を震わせた。 もうこれ以上、何も言うまい。 本当に泣きだしてしまいそうだ。

スカスカバリの車に乗ってやってきたのは、スリヤニさんという若い女性だった。 少したどたどしいけれど、日本語を話す、都会的な雰囲気の女性だ。 スカスカバリのトレードマークであるカエルプリントの黄緑色のシャツ。 人をまっすぐに見つめる大きな目。 てきぱきとしたその態度。 ウブドで出会った控え目な女性たちとあまりにタイプが違うのでびっくりした。

車に乗り込んで、向かった先はプリルキサン美術館。 きりんと子供たちをピックアップしてそのままアラムプリに向かう‥はずだった。

「ホテルにつきましたら、まずお支払いをお願いします」 とスリヤニさんが日本語で一生懸命話す。
「はいはい」とうさぎ。「カードで支払えます‥よねえ?」
「ええ、多分。念のため、確認してみますね」と、ケータイを取り出すスリヤニさん。 おお、携帯! ウブドでののんびりした生活ではついぞお目にかからなかったものだ。

「‥あのー」携帯を切ったスリヤニさんが、若干言いにくそうに切り出した。 「USドルのキャッシュでないとダメだそうです」
「ええー! ‥やっぱり?!」と驚くうさぎ。 "やっぱり"と言うのは、なんだかうっすらそんな気がしていたからだ。 日本を発つ前に、その件についてはメールで注意を受けていたような‥。 「今回の価格は特別価格なので、キャッシュで」と。
その注意を軽〜く無視し、USドルキャッシュを全く持たずに バリに上陸してしまったうさぎって一体‥。 しかも、日常の細々した買い物以外、カードで払うことしか考えていなかったものだから、 日本円すらロクに持っていない‥。

「困った! USドルなんて、グアムで買ったアイスのお釣りしか持っていないわ〜!」 と頭を抱えるうさぎに、スリヤニさんが、元気よく言った。
「‥大丈夫! そこに銀行があります!!」

そんなわけで、銀行に寄っていくことになった。 ‥よかった、まだウブドの中心街を出ていなくて。 ウブドを出たら最後、デンパサールまで銀行らしきものがあった記憶はないから。 ただ問題は、キャッシュディスペンサーがまだ開いている時間かどうか‥。

幸い、キャッシュディスペンサーはまだ開いていた。 でも、結果から言うと、ここでキャッシングはできなかった。 なぜだか、何度やってもエラーが出てしまうのだ。 スリヤニさんと頭を寄せ合って機械を操作するも、 インドネシア語が全く分からないうさぎと、カードは所持したことがないというスリヤニさん、 文殊の知恵には一人足りない。

「もお〜! どうしてサクサク動かないかしらねっ! アンタはっ!!」と、焦燥のあまり 機械に向かって説教するうさぎに対し、スリヤニさんは到って冷静、到ってポジティブ。
「これはダメみたいです。さっ、次行きましょう、次!!」

そこでまた車に乗り込み、別の銀行へ。 ここの機械は何とか動いてくれた。但し、取り扱っているのはルピーのみ。
「大丈夫。USドル換算にしてルピーで支払うこともできますよ!」とスリヤニさん。 なるほど、でもそれだときっと二重の両替になって、ソンなんだろうなあと思うけれど、 今はそんなこと言っていられない。 この窮地を脱する方法があるだけでも有り難いと思わなくては。

この機械で一度にキャッシングできる限度額は、日本で100万円のところ、 ここでは50万ルピー。日本円で約7000円である。 ちなみにアラムプリに支払うのは、600万ルピーあまり。 つまり13回は機械を操作しないと、その金額は揃わないということになる。 貨幣価値の違いといえども、ちょっとそれは厳しくないか?? ‥まあいい。今はそんなこと言っていられない。 機械が動いてくれるだけでも有り難いと思わなくては。

ところが。6回目のキャッシングまではサクサク動いてくれたその機械は、 7回目からエラーメッセージを吐き出すようになり、テコでも動かなくなった。 スリヤニさんが、警備員を呼び、現地の言葉でなにやら相談する。
「‥分かりました! 現金切れだそうです。さ、次行きましょ、次!」

ところが今までの苦労はまだ序の口、ここからが本番だった。 とにかく、寄るスペンサー、寄るディスペンサー、全て現金切れで動いてくれなかったのだ。 その数、しめて7箇所! ウブドの街の中を1周し、大抵のキャッシュディスペンサーを当ったものの、 結局まがりなりにもキャッシングできたのは1箇所だけで、 必要額の半分も手にできないという結果に終わった。

無駄に車で動き回ったおかげで、子供たちは車酔いでもうグロッキー状態である。
「もうダメ〜! どうしよう〜〜〜!」と、半泣きになるうさぎをスリヤニさんがひたすら励ます。
「大丈夫です! 何とかなります!」
‥ったって、もうウブドのキャッシュディスペンサーは全部回っちゃったんですけど‥。

でも、スリヤニさんのその元気さは、うさぎの救いであった。 こういう事態を引き起こしたうさぎをなじりもせず、 こんな余計な労力をかけさせられても不機嫌になることなく、 ただひたすら元気にポジティブにうさぎを励ます。 覚えたての日本語で「大丈夫」を繰り返し‥。

うさぎは、そろそろ自分も車酔いでどうにかなりそうな頭で一生懸命考えた。 一体この窮地をどうやって脱したものか。 そして、ついに良い方法――但し、いくぶん他力本願的な――を思いついた。

それはこういう方法だった。

とにかく一旦、このままアラムプリに連れて行ってもらい、
うさぎと子供たちはアラムプリに落ち着く。

きりんはスリヤニさんと一緒にデンパサールへ行き、
そこで銀行を探してキャッシュをそろえて戻ってくる。

‥なかなかの名案である(うさぎにとって)。

そんなわけできりんはデンパサールへ現金を揃えに行き、 1時間半ほどしてアラムプリに戻ってきた。
戻ってきたきりんに、うさぎは興味津々尋ねた。 「どう? すぐにキャッシングできた?」
「いやあ、もう、大変だったよ」ときりんは答えた。 「なにしろ、7箇所目にしてやっと現金の出てくる機械を見つけたんだから」
「えっ、デンパサールでも? 時間が遅かったからかしらね」
「さあねえ。しかも、やっと見つけたその機械を20回操作したんだよ」
「エッ!! それはどうして!!」
「どうして‥って、その機械では、一度に20万ルピーしか下ろせなかったからだよ」
20万ルピー、それはちなみに日本円にして約2800円なのであった――。

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