2003年10月23日 新聞のディスカウント(前編)

きりんとうさぎが新聞をとるのをやめようかと考え始めたのは、 昨年のことでした。 以前はきりんもうさぎも隅から隅まで読んでいた新聞、 最近は1面の見出しとテレビ欄くらいしか見なくなっていたので、 勿体ないなあ、と思い始めたのです。

どうして新聞を読まなくなったのか。 それはネットの影響が大きいように思えます。 ネットに時間をとられ、新聞をゆっくり読むヒマがなくなったこと、そして、 新聞に書いてあるような情報はネットでも手に入るようになったこと。

でも、生まれたときから毎朝届くのが当たり前になっていた新聞をやめることには、 かなり抵抗がありました。 "新聞のない生活"というのがどういうものか、想像つかなかったのです。 うさぎの周りで新聞を取らない人はここ10数年、ジワジワと増えてきており、 最近でこそ「うち新聞取ってないから」という言葉を聞いても驚かなくなりましたが、 最初にこの言葉を誰かから聞いたときには、仰天したものです。

新聞をとらない?!
そりゃどういう未開人じゃ?!

ってね。 おそらく、日本における世界有数の新聞購読率は、 必ずしも実益だけでなく、こうした意識に支えられてきたのでしょう。
「新聞を読まないなんて、文明人じゃない」という感覚に。

更に、新聞購読には時として、ある種のステータス意識さえ潜んでいるような気すらします。

朝日新聞を読むことがインテリの小道具であったり、
日経新聞を読むことがビジネスマンの誇りであったり、
読売新聞を読むことが、巨人ファンの心意気だったり(?)。

まあそれはどうでもいいとして、とにかく新聞をやめることには、 かなり抵抗がありました。

その上、新聞にはただ一つ、大きな魅力もありました。 "チラシ"です。 本体の紙面には大して未練はなかったのですが、 うさぎはチラシに執着しました。 新聞で得られる情報は他で代用が効くけれど、チラシの情報、 特に「近所の安売り情報」に関する情報は他ではなかなか手に入りにくい。 実際、昨年の夏に「いよいよやめるぞ」と意気込んだとき、 結局それをどうして延期したかというと、 突然ビデオデッキが壊れ、チラシで「1980円」という先着5名の限定販売を見つけ、 それを手に入れることに成功したからです。

やっぱり新聞って(チラシって)必要なものかも〜?

とうさぎは思いなおしてしまったわけで。
ま、オマケが諦め切れなくてキャラメルを買い続けるようなものですな。

それでも、ビデオデッキを買ってから2ヶ月も経った頃には、 毎月の集金の度に新聞に支払う約4000円が、 どうも勿体ないような気がしてならなくなりました。 だって、安売りの日でなくても、そのビデオデッキは1万円も出せば買えるんですもの。 それをチラシのおかげで2000円で手に入れたといっても、 そのあと二ヶ月、新聞をとり続ければ、得した分は棒引きです。

うーん、やっぱり止めようかなあ‥。

そんなうさぎの気持ちを知ってか知らずか、その頃急に集金屋さんが あれやこれや、お土産を持ってきてくれるようになりました。 本とか、石鹸とか。 それまでは、何ヶ月も前に頼んでおいた遊園地のチケットですら、 なかなか持ってきてはくれなかったのに。
特に、石鹸は嬉しかったですね。 前からチャンスがあったら一度使ってみたいと思っていた、 シリア産だかモロッコ産だかのオリーブ石鹸だったからです。

そんなこんなで、新聞をやめる予定はどんどん延びていきました。 集金のおばさんや、新聞販売所に愛着が湧いてしまったのです。

もともとその新聞は、ニュースの質でもなければ傾向でもなく、主義主張の発露でもなく、 ひとえに新聞販売所の感じの良さで決めたところがありました。 勧誘員が気に入らないもう一つの販売店から買いたくない一心で、 15年間、ビール券はおろかアタック一箱持ってくるでない 販売店からずっと継続して新聞を取っていたのです。

‥でもね、販売所がおみやげを持ってきてくれるようになったら、逆に冷めてしまった。
追われると逃げたくなる消費者の心境とでも申しましょうか。

もともと"人情がらみ"の買い物はしないのがうさぎの主義。 人情と抱き合わせでモノを売りつけられるのは大嫌い。 「買わないとなんとなく気まずい立場」に立たされようものなら、ソッコー逃げます。

感じのよい集金のおばさんに会えなくなるのはそれでもやっぱり寂しかったけれど、 今年の7月の終わりに、意を決して販売所に「やめます」という電話を入れました。

電話に出た相手は女性でした。 うさぎが「新聞の購読を7月いっぱいでやめます」と告げると、 一瞬相手が息をのんだようなかすかな音が聞こえ、それから、
「差し支えなかったら、理由をおきかせ願えませんでしょうか」と訊かれました。 「他紙を取るということでしょうか」と。

「いいえ」とうさぎはきっぱりと言いました。 「新聞の購読自体をやめるのです」と。
「‥それはどういった理由で‥?」
「インターネットなど、他のメディアでもニュースが得られるようになったからです」 とうさぎは端的に答えました。 「貴販売店は大変気に入っておりますので、 そのうち思いなおして新聞を取ることがありましたら、ぜひまたお宅にお願いしますね」 というお世辞も一応付け加えておきました。 販売店のせいではないということをはっきりさせておきたかったからです。

販売店の女性は、「そうですか、分かりました。 ではまたその時にはよろしくお願いします」と弱々しく言いました。 本当に弱々しく。心底がっかりしている様子が声から伝わってきました。 購読者の争奪戦を日々繰り広げているはずの新聞販売店のスタッフが、 たった一箇所得意先を失ったからといって、こんなにがっかりした声を発するとは。 「あ、そうですかー、それは残念、じゃまた機会がありましたらヨロシク〜!」程度の 軽い対応が返ってくるかと思ったのに。 ここ最近、新聞購読をやめるという電話が相次いだのでしょうか。

‥まあ、そんなことはどうでもよろしい。 電話を切ると、うさぎは晴れ晴れとした気分になりました。 さあ、これで毎月4000円が浮いたのです。

毎月毎月、4000円!
4000円あったら何が買えるかしら?!
欲しかったワールドアトラスが買える!
ウェブデザインの参考書も買える!
いままでガマンしていた本が、毎月毎月、いっぱい買える!

――そのときうさぎは気付いたのです。 毎月毎月当たり前のように支払ってきた4000円という金額の重みを。 考えてみたら、4000円という金額は、うさぎにとっては大した大金だったのです。

明日につづく