ファウナパークは、こじんまりとした動物園であった。 "Fauna"(ファウナ) というのは「棲息地域が限られた動物」のことらしい。 どのガイドブックにも載っている「ハミルトン島の名所」だから、 どんなに立派な動物園かと思いきや、その可愛らしい入り口を見て、まず拍子抜け。 スタッフも金髪のお姉さんがたった二人だけ、 開園と同時に入場したお客の数もわずか数十名というアットホームさであった。 日に一度の『ワニの餌づけショー』と『オウムのショー』が見られるお得な時間帯にして、 この数字である。
	うさぎたちは動物のエサを二袋買い、案内図を手にとりあえず園内を一周した。
	動物園と言っても見渡せる程度の広さ。
	池の回りに十個程度の檻が点々とあり、一周するのに10分とかからない。
	それでも、オーストラリアならではの『ファウナ』が一通り揃っていて、
	コアラが数匹と、ウォンバット、エミュー、それにワラビーが数匹いた。
	水槽の中にエリマキトカゲもいたし、
	主はいずこか知らねどタスマニアン・デビルの檻も。
	あとは、色とりどりのオウムやインコ、鹿。その他に、園内を気儘に闊歩するクジャク、
	それにおびただしい数の例の白いオウムたち。
	
	ワラビーにエサをやろうとはりきる子どもたち。
	ところが彼らは逃げ回ってばかりで、全然近づいてこない。
	がっかりしていると、横からエミューが、
	エサの袋めがけて鋭利なくちばしを差し入れてきた。
	「ひゃー、コワイ!」
	思わずエサの袋を取り落とすチャア。その袋を拾い、
	子どもたちに手本を見せようとうさぎは張り切ったが、
	この鋭利なくちばしでつつかれでもしたらさぞかし痛かろうと想像すると、つい腰が引ける。
	けれどもそのエサはエミュー以外の動物さんたちにはさして魅力ではないらしい。
	結局、
	ワラビーをはじめとした他のどなたさまにもほとんど召し上がっていただくこと叶わず、
	その鬼気迫る勢いに怖気づきつつも、エミューさまに召し上がっていただくことになった。 
	
開園からしばらくすると、『ワニの餌づけショー』が始まった。 さっきまで入口で入場料を受け取っていたお姉さんが、インストラクターに早変わり。 長い棒の先に鶏のもも肉をくくりつけた糸を吊るしたものを持ち、 「ごはんだよー!!」とばかりにそれでワニの棲みかを囲っている金網をガンガン叩いた。
聞くところによると、ワニには淡水ワニと塩水ワニの二種類あるらしく、 ここのワニは獰猛な塩水ワニらしい。 道理で頑丈そうな金網がかなり高くまで張ってあるわけだ。
一匹しかいないワニの住まいは池の端にある湿地帯の茂みの中で、 今日の彼は、金網を叩いても現れず、 結局別の場所で昼寝をしているところをお姉さんに発見された。
	昼寝をしているワニはまるで置物。
	たくさんの人間の目に見つめられようが、周りで騒がれようが、全く動じず、
	目を開きもしない。
	けれど、インストラクターのお姉さんが、
	糸の先に吊るしたもも肉でその頬をペチペチ叩くと、やおら目を開き、
	
ぱくっっ!!
	と見事な音を立てて肉にかぶりついた。
	肉を引き上げると、それに食らいついたアゴも一緒に引き上がり、
	裏側の白い部分がさらけ出された。
	一度食らいついたら離すまじ――。
	金網の両側で、ワニとインストラクターのお姉さんの根比べである。
	肉を吊り下げた糸はピンピンに張りつめ、木の棒はしなり、
	いまにも音を立てて糸が切れるか、棒が折れそう、といった感じである。
	ワニの方は、腹が減っているからというよりも、
	本能的に獲物に食らいついているような感じ。
	アゴが引き上がっているというのに、胴体や足や尻尾は微動だにしない。
	
体重が200キロほどはあろうかというような大きなワニと、細身のお姉さん。 どうみてもワニの方が力がありそうに見え、ワニがアゴを引きでもしたら、 その反動で、お姉さんなど簡単にはじき飛ばれてしまいそうに見えたが、 意外にも分はお姉さんにあった。お姉さんが思いっきり肉が引き戻すと、 ワニの口からボロボロになった肉がはずれて出てきた。
	肉が口から離れると、ワニはまた何事もなかったかのように目を瞑ってしまった。
	「餌付け」というが、肉はボロボロになっただけ。
	食いちぎられて減っているようには見えないが、
	これですこしでもワニの腹の足しになったのだろうか――?
	うさぎはちょっと疑問に思った。でも、お姉さんに質問をしようとは思わなかった。
	
実は餌づけを実演中、お姉さんはずっと英語で解説し続けていたのだが、情けないことに、
ベーリーデンジャラス(大変危険)
という単語以外、うさぎは何一つ聞き取れなかったのである。
◆◆◆
ワニの餌付けショーが終わると間もなく、こんどは『オウムのショー』が始まった。 こちらはもう片方のお姉さんがインストラクターである。
小さな野外ステージに並んだ丸太の座席は、ほんの十数人の観客でほぼ満員御礼。 例の黄色いトサカの白いオウムが7匹ばかりお行儀よくとまり木にとまり、 入れ代わり立ち代わり様々な芸を見せてくれた。 滑り台を滑り下りたり、小さな自転車をこいで綱渡りをしたり、ローラーに乗ったり。 三角・四角・丸のパズルをはめて驚かせてもくれた。
	けれど、このショーの本当の面白さは、芸以外のところにあるのであった。
	このステージは屋外で、
	しかも廻りの林には同じ種類の白いオウムが枝に鈴なりになっている。
	
	同胞たちが気儘に過ごす林の中で、
	一握りのタレント・オウムたち(?)が一心に芸を披露する
	
そのこと自体が感動的なのだ。人間の立場から見ても、
	こんな環境の中でタレント・オウムに脱走されたら最後、
	二度と彼らを探し出すことはできないに違いない
	
そういった危うさが、何といってもこのショーの魅力なのであった。
◆◆◆
	さて、園内を見おわると、いよいよ『コアラ抱っこ』だ。
	入口の脇には抱っこ用のコアラが、ユーカリの木の枝にまたがり、
	せっせと葉っぱを食べている。
	お金を支払うと、係のお姉さんがコアラを抱かせてくれ、
	ポラロイドでその抱っこ写真を撮ってくれる仕組みである。
	そしてうさぎたちの場合は更に、
	きりんがビデオを回し、うさぎがカメラのシャッターを切った。
	思い出の保存に向けて万全の体制。
	先にコアラを抱いた西洋人の女の子の父親がパシパシ写真を撮っていたのに倣ったのだ。
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	コアラは、モミジのような手に長いツメを生やしていて、
	子供たちは肌にツメを立てられて「イタイ、イタイ」と言った。
	案外大きくて重いらしく、チャアはお姉さんの指示で椅子に座ってコアラを抱いた。
	毛並みは縮れて短く、モシャモシャと柔らかい感触。
	とてもおとなしく、あまり動かないので、ぬいぐるみみたい。
	「コアラを抱いたからそれが何? そんなことにお金を払うなんてバカバカしい!」
	と思い、自分は抱かなかったけれど、あとでやっぱりちょっと後悔したうさぎであった。