Australia  ハミルトン島とケアンズ

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【 パッセージピーク 】

行き先標識

ミニゴルフを終えて昼食も終え、部屋にもどるともう1時半をまわっていた。 でももう一つ、ここで是非やりたいことがある。それはハイキング。 ここの言い方で言えば

ブッシュウォーキング

というやつだ。

オーストラリアならではの植生を眺めつつみんなで汗をかく――。 なかなかオージーっぽい休日の過ごし方じゃあないか。

部屋で調べてみると、最も標高の高い"パッセージピーク"という地点まで登るコースで 往復の所要時間は3時間程度。今から行けば、子供連れでも夕方には帰ってこられる。

"absolutely need"(絶対必要)

とガイドに書いてあった『水』を持って、いざ出発だ。

ハミルトン島は山がちな島で、リゾートサイドは山に囲まれている。 ホテルの裏にも切り立った山が迫ってきており、 その高さは21階建ての我らがリーフビューホテルより遙かに高い。 そして今日うさぎたちが挑むのは、 ホテルの前の道をハーバーサイドとは逆の方向に歩いて行き、 リゾートサイドの突き当たりにある山を越えた先の峰である。

リゾートサイドの突き当たりには標識が立っていて、

パッセージピークまで2200メートル、60分

と書いてあった。ここが山登りの『ふりだし』である。現在2時20分。
さあて、うさぎたちはいったい何時に山頂を踏めるでしょうか。

山登りはいきなり急な傾斜から始まった。 ハイキングコースとして整備されているかと思いきや、わりと自然のままだ。 湧き水で地面が水浸しになっていて、赤錆色に染まっているところもある。

かなり高くまでがんばって登ったと思ったら、こんどは下り。 割合なだらかな道を登ったり下ったり、左手を見ると、海がすぐ近くに見下ろせた。 登った分は下ってしまったらしく、ろくに海の高さと変わらない地点にいた。 なんだか損をしたような気分。
長袖ジャケットを羽織ってきたが、暑い。 寒がりのうさぎもジャケットを脱いでタンクトップ姿になった。

「ハロー!」
「ハーイ、ハワユー?」
「パッセージピークへいらしたの?」

きりんとうさぎが見知らぬ人と挨拶を交わすのを見て、子供たちは怪訝そうな顔。

「あの人、知ってる人?」とチャア。
「違うよ。オーストラリアでは知らない人とでも挨拶するんだよ、きっと」とネネ。
「オーストラリアだからじゃなく、山ですれ違った人とは挨拶を交わすのが習わしなの。 日本でだってそうよ」と、うさぎ。
「ふーん、そうなんだー」と山登り初体験の子供たち。

広い道から逸れ、『パッセージピーク』と書かれた矢印に従って、 階段状の狭くて急な勾配を上がる。 そろそろ山を一つ越え、本命の山を登りかけているようだ。

はあはあ言いながらしばらくここを上がっていくと、ちょっと広い場所に出た。 ここは様々な目的地への要衝の地らしく、行き先の異なる矢印があちこちを指している。 その中の一つに

パッセージピークまであと20分

の表示を見つけた。これには喜んだ。だって、まだ20分しか歩いていなかったから。
1時間かかるはずのコースを20分歩いて、あと20分で山頂ということは、 本当なら40分の行程を20分で踏破したということで、 倍のペースで歩いていることになるから、あとたった10分で山頂だ――と、皮算用したのだ。

ところが。山登りはここからが本番だった。矢印に従い、狭い階段状の急勾配を登る。 林の中、細々と続く階段を登っていると、また上から人が降りてきた。でも
「ハーイ、ハワユー (元気?) 」と声を掛けられても、息が切れていてろくに喋れない。
「タイアード (疲れた‥)」と虫の息でやっと答えて笑われた。

まわりは林、というよりブッシュ (やぶ) に近く、ソテツのような、 ガサガサした幹のてっぺんから細いススキ状の葉が四方八方に出ている植物が そこらこちらにあった。 一つの植物なのか、それとも葉が幹に寄生しているのかは分からないが、 とにかく日本の林ではお目にかかれない代物である。

不思議なのは、こんな山の茂みの中の所々に突然、大きな岩が突き出していること。 高さが2〜3メートル以上もあるような大きな岩で、しかも形が変だったりする。 下の方がくびれていたり、中に穴が開いていたり。 映画『ピクニック・アット・ハンギングロック』に出てきたような、 いわくありげな岩ばかり。
そういえば、この映画はオーストラリア映画だ。 ハンギングロック(首吊り岩)と言われている岩の回りで遊んでいた美しい女学生が 神隠しに合う――という、20世紀初頭が舞台の、わけが分からない映画。 むかしこの映画を見た時には、

そもそもどうしてわざわざこんな辺鄙な山の中に、
ドレスを着込んだ上流階級のお嬢さんたちがピクニックに行くんだろう?
しかもこんなにおどろおどろしい岩の近くに‥。

と思ったものだが、あれがブッシュウォーキングのはしりだったわけなのかしらん?

最後の標識から10〜15分くらい歩いた頃、そろそろチャアが音を上げはじめた。
「ねえ、まだ着かないの? もう歩きたくない、疲れたー。水はー?」
「あとちょっとで着くはず。もうあとほんのちょっとだよ」 と励ましながら歩くが、なかなか着かない。
ネネの方はもっと大人で、「山頂に着くまで水は飲まない」と決めていた。

〔そろそろ視界が開けてきたから、もうちょっとかな〜〕と思いはじめてからが長かった。 結局、最後の標識の表示の20分を少しオーバーして、ちょうど3時頃、山頂に着いた。 「パッセージピークまで60分」という最初の標識もあながち間違いではなかったわけだ。

山頂といっても平たい広場があるわけではなく、 ゴツゴツした大きな岩のてっぺんに4人掛けのベンチとテーブルが置いてあるだけ。 ここから四方のどこへでも海まで転げ落ちてしまいそうに狭い。 けれどここはまさしく島の頂上であり、うさぎたちの上にはただ青い空が広がるのみ。 見下ろせば、ここを頂点として島が四方に広がっている。 ホテルがはるか遠く、はるか下の方に見え、 更に遠くの島の山の向こうにはホワイトヘブンビーチの三角州が真っ白にたゆたっている。

「いやー、大変だったけど、
この風景を見たら、なんか登った意味があった、って言うかさー」

と雄大な景色を見渡して、水を飲みながらネネが言う。 この達成感を何とか言葉で表現しようとしているらしい。
「そうだねー。苦労して登った甲斐があったよね。報われたっていうか」と、うさぎ。

ママも報われたよ。
ネネのそういう言葉を聞いたら、
はるばるオーストラリアまで連れて来た甲斐があった、って思ったよ。

チャアの方はとにかく苦役から開放されてホッとしているが、 どうやら〔こんなに大変な思いをするからには、 山頂には何か余程いいものがあるに違いない〕と期待していたらしい。 お店一つない山頂を見て、

えっ、ここまで来たのはただ景色を見る為だったの?

と呆気にとられている様子だ。まだまだ小さいんだね、チャアは。

この狭い山頂には先客が二組おり、一組はしばらくすると山を降りていったが、 もう一組の夫婦者は、別の岩に座ってずっと双眼鏡を覗いていた。
「ちょっと来てごらん! カメが見える」と声を掛けてくれたので行ってみると、 はるか下の水面に黒っぽい点があった。 双眼鏡で見てみると、確かに大きな亀のようだ。 2〜3びきが入れ代わりたちかわり、水面に顔を出している。
他にも、水面のあちこちが銀色に光っている。あれは波しぶきか、それとも魚なのか。 海のあちこちの色が変わっている所はサンゴ礁だろうか。

チャアは双眼鏡を使いこなせず、「カメが見えない」と言ってふくれてしまったので、 きりんはビデオムービーの倍率を上げてチャアに見せた。 ムービーって双眼鏡の代わりにもなるのね。便利!

30分ほど山頂でのんびりしてから、山を下りることにした。 帰りの下りは体力的にラクで、登ってくる人に
「ハロー、アーユー・タイアード?(疲れた?)」 と尋ねるのはうさぎたちの方だった。 案の定、登ってくる方は息も絶え絶えで、声も出ない。

来た道を戻るのは精神的にもラクで、 子供たちも率先して行き交う人に「ハロー」と声を掛けるまでになった。 けれど一度、声を掛けた相手にダーーッと英語でまくし立てられてしまい、 誰も聞き取れなくて苦笑い。
ラクな下りは植生を眺める余裕も生まれ、立ち枯れの木が多いのを発見したり、 むけかけた木の皮をぺりぺり剥がしながら歩いた。 途中で野性のカンガルーが飛び跳ねているのも見かけた。 うさぎは道端に落ちている石をしげしげ観察し、拾い集めながら歩いた。

道草をしながら歩いたので帰りは行き以上に時間がかかり、 ホテルに着いた頃には、山頂を後にしてから1時間が経過していた。

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