Brunei  ブルネイ・ダルサラーム

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【 カンポンアイール再び3 】

子供たち

玄関でくつを脱いで入った中に入ると、そこはごく普通のお宅だった。 特別豪華でもないが、決してみすぼらしくもない。 先日お邪魔したカンポンアイールのお宅もそうであったように、 こちらのお宅も、絨毯敷きの長細い居間の端っこに玄関があるのだった。

彼女は「こちらへどうぞ」と居間に続くこれまた細長い応接間に、うさぎたちを招き入れた。 8畳くらいの広さの応接間には、所狭しとソファとティーテーブルが置かれ、 そのテーブルの上にはお菓子の入った容器と、華やかな造花が賑やかに並んでいる。 淡いグリーンのすべすべした壁には黒いベルベットに金糸でアラビア文字を刺繍した 額がかかり、床は絨毯敷きだ。

彼女――名前をティニといった――はお菓子の容器の蓋を次々に開けると、 「どうぞ召し上がれ」と言い、 缶入りのソフトドリンクを奥から持ってきて、テーブルの上に置いた。
ドアの外には、さっきの子どもたちが鈴なりで、一体これから何が始まるのかと、 興味津々の表情でこちらを伺っていた。

「あなたたちも入っていいわよ」とティニが言うと、 女の子たちはびっくりして逃げていき、 男の子たちは遠慮がちに部屋に入ってきた。 そしてテーブルを挟んだ向こう側に腰を下ろした。

英語で話し掛けると、子どもたちはきょとんとしたので、 うさぎは「旅の指さし会話帳」という絵入りのマレー語単語集を見せながら、 生まれて初めて使うマレー語で話し掛けた。

「ナマ サヤ ウサギ(わたしの名前はウサギです)。
シアパ ナマ アンダ?(あなたのお名前は?)
ウムル アンダ ブラパ?(年はいくつですか?)」

子供たちの答えが聞き取れなかったので、うさぎは紙を差し出し、書いてもらった。
リーダーが、「アーマド・ラフィーディン 8歳」 ときれいなアルファベットで書くと、 それを真似して他の子たちもヨタヨタした字で自分の名前と歳を書いた。
一番小さな子はまだ字が書けないらしく、アーマドが代わりに書いてやっていた。

チャアは折り紙を取り出し、皆にも渡すと、男の子たちの前で折ってみせた。 アーマドはチャアが折るのを正確に真似し、他の子たちの世話まで焼いてやった。 そして驚いたことに、教えもしないうちに自分で「カメラ」を折りあげ、 ちょっと得意そうに見せてくれた。
「折り紙を知っているの? どこで習ったの?」とうさぎは思わず英語で尋ねたけれど、 残念、彼に英語は通じなかった。

一方、ティニは英語が堪能だった。 ティニとうさぎは英語で自己紹介をし終えると、世間話を始めた。 お互いおしゃべりな女同士、初対面であっても、話のネタにはことかかない。
「どこに泊ってるの? どうやってここまで来たの?」から、 「水上タクシーにいくら払った?」、 果ては「日本からブルネイまでの航空券っていくらするの?」まで。
うさぎが水上タクシーに1ドル払ったと答えると、 ティニは「よろしい」と言って頷いた。 「ちゃんと相場で乗ってきたわね。一人50セント、二人で1ドルがここの相場よ」

うさぎがバッグから扇子を一本出して手渡すと、 ティニはたいそう気に入った様子で、
「ねえ、他にも扇子、持ってきていない?」と言った。
「ああ、あるわよ」と、もう一本取り出すと、「もっとない?」
6〜7本ほどある扇子を全部取り出すと、 「ねえ、これ日本でいくらしたの?」と訊いてきた。
「一本1ドルちょっと」とうさぎが答えると、
「全部買うわ」と彼女は言った。

「え? いいわよ。気に入ったのなら全部あげるわ」とうさぎは答えた。 「どうせ明日は日本に帰るのだから」
「ううん、最初の一本はありがたくいただくわ。あとの分はお金を払うから」 そう言うが早いか、ティニは居間の方に消えると、 お年玉袋に本数分のブルネイドルを入れて持ってきた。 うさぎがありがたくそれを頂戴すると、ティニは 「またブルネイに来るときは、扇子を持てるだけ持ってきて。 全部買うから」と言った。

子供たちには、「仲良くみんなで分けてね」と言って千代紙のセットを2セット渡した。 するとティニがそのうちの1セットをすばやくアーマドから取り上げ、
「こっちはわたしがもらっておくわ」と言った。
これには笑ってしまった。 よっぽど和風テイストが気に入ったのだろうと思い、 「もしよかったら、これも貰って」と富士山や桜の描かれた和風のカードセットを手渡すと、 ティニはそれをずっと手でもてあそんでいた。

ティニはブルネイ人の女性としてはすこし変わっていた。 彼女の夫も、子供も、そして彼女の甥っ子であるアーマドたちも、 みんなマレー系の顔だちだったけれど、 ティニは東洋人のような明るい色の肌。 服も西洋的な服装で、普段は勤めに出ているという。

おまけに、あれこれ話し込むうち、彼女の英語が変わってきた。 語順がちょっと妙な具合になり、語尾に「ラ〜?」が付きはじめたのだ。

"ラ〜"‥ってあなた‥。シンガポーリアン?

思わずうさぎが目を剥くと、ティニも気付いたらしく、照れ隠しに笑った。 うさぎが出会ったこのティニという女性は、ちょっぴりモダンガールだったのかもしれない。

◆◆◆

あまり長居をしても悪いので、40分ほどで辞すことにした。
「あ、帰るならちょっと待って!」とティニは言い、おみやげだといって、 奥からなんだかんだ持ってきた。灰皿やら文鎮やら、缶ジュースやら。 なんとかもてなしたいという気持ちが伝わってきて、うさぎはじーんとしたけれど、 「荷物がいっぱいで日本にもって帰れないから」と言って断わった。 それでもティニは色のきれいなバッグに文鎮とソフトドリンクを押し込み、 チャアに強引に持たせてしまった。

ティニは、「わたしたちもムアラの親戚の家までちょうど出かけるところだから、 エンパイアまで車で送るわ」と言った。 うさぎはその言葉にハッとした。
そうだ、ティニはもともと出かけるところだったのだ。 身支度を整え、おしゃれなバッグを持って玄関を出てきたのだから。 そこにうさぎたちがやってきたので、彼女は出発を延ばしてもてなしてくれたのだ。

アーマドたちに見送られながら、皆で歩いた桟橋は、全く怖くなかった。 どやどやと皆で歩くのが楽しくて、うさぎはしばらくその不思議に気付かなかった。 前方から子供の乗った自転車がやってきて、 それにビクンとした拍子に思い出したのだ。 ほんの1時間前にこの桟橋を歩いていたときの恐怖感を。

自転車が途中で別の道を選んで行ってしまうと、うさぎはホッとし、 自分のこの劇的な変化について考えてみた。
まずは、「本当に怖くなくなったんだろうか?」と検分してみた。 ‥本当に怖くなくなっていた。
脇を流れる川をそっと覗き込んでもみた。それでも全然怖くなかった。 さっきはおいでおいでと手招きしているように思えた淵は、今はただの空間にすぎなかった。

それはとても不思議だった。なぜだか分からなかった。 魔法みたいだと思った。――でも現実だった。

とはいえ、船着場に着いて、桟橋から舟まで降りるのはやっぱり怖かった。 手ぶらならいいけれど、バッグを抱えたまま、梯子を1メートルも降りるのだ。 どう降りていいのか分からず躊躇していたら、ティニが赤ん坊を夫に預けて、 うさぎのバッグとカメラを預かってくれた。

びっくりしたのは、うさぎのあとを、ティニが両手のふさがった状態のまま、 華奢なミュールで、こともなげに降りてきたことだ。 梯子は垂直に近い急勾配で桟橋に立てかけてあり、 うさぎは当然、梯子の方を向き、一段一段棒につかまりながら降りた。 なのにティニは階段を下りるように梯子に背を向け、何にもつかまらずに降りてきたのだ! 両手に荷物を持ったまま‥!

◆◆◆

対岸の船着場で舟を降りると、 ティニはうさぎたちの分までさっさと船賃を支払ってしまった。
うさぎは、「エンパイアまで車で送る」というティニの申し出を断わり、 ここでティニと別れることにした。 「ヤヤサンですこし買い物をしてきたいから」という理由をくっつけたけれど、 本当は、車に酔って迷惑をかけるのが怖かったのだ。

ティニは名残惜しそうにうさぎをじっと見つめ、そして、
「またぜひブルネイに来てね! そして、ブルネイにくるときには、扇子を忘れずに! 何本持ってきても、全部買うからね!!」 そう念を押して、駐車場の方へと去って行った。

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