Brunei  ブルネイ・ダルサラーム

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【 カンポンアイール再び2 】

学校

人とすれ違ったのをきっかけに、うさぎは大声で叫ぶのをやめた。 でも、「桟橋を歩く」以外の仕事を何か作って気を紛らわせないと、まだやっぱり怖い。 うさぎは、ずいぶん先に行ってしまったチャアを呼び寄せ、 二人で喋りながら歩くことにした。

「ねえ、この桟橋歩くの、怖くない?」
「別にー」
「でも、こんなに狭いのに」
「狭い? どこが? 全然狭くないじゃん」
「これを狭いと思わないの?」
「うん。思わない」
「さっきなんか、後ろから人がママのこと追い抜いていったのよ!」
「だから何?」
「怖くない?」
「どうして?」
「だってこんなに狭いのに!」
「だから、全然狭くないじゃんよ」
「‥そ、そう? でも川にもし落ちたら‥」
「どうして落ちるの?」
「うっかり足を踏み外したら‥」
「踏み外さないって」
「そうかなー」
「そうだよ」

そうかー、この桟橋って狭くないのかぁ。足って踏み外さないものなのかぁ。
チャアと話していると、ほんの少し気がラクになった。

と、前から板をガッタンガッタン踏み鳴らしながら、自転車がやってきた。 うさぎは脇によけて身を堅くし、 「どうか自転車に接触して跳ね飛ばされたりしませんように」 と祈りつつ、やり過ごした。
やっと自転車がいってしまうと、うさぎはチャアに尋ねた。
「ねえ、この上で自転車にも乗れる?」と。
「いや、自転車に乗るのはちょっと怖いかも」とチャアは答えた。

とくにどこに行こうという当てもなく、チャアはどんどん好きな道を選んで歩いていった。 うさぎはそれについていった。

アザーンが聞こえてきたので、モスクはどこ?と探すと、 スタート地点にあったはずのモスクが、ずっと遠くの方に見えた。

しばらく行くと、行き止まりがあった。 目の前には長い建物があり、門にはカギがかかっている。 川に面してずらっとならぶ窓からは、人っこ一人見えない。
「学校かな?」
「たぶん、学校だよ」
それ以上進めないので、二人は今来た道を引き返した。
歩きながらふと見ると、民家の下の川で子供が二人ばかり遊んでいた。 こっちを指差している。 うさぎたちは彼らに手をふった。 すると向こうも手をふり返した。

三叉路まで引き返し、また別の道を行くと、そこもまた行き止まりだった。 うさぎたちはまた少し引き返して、別の道に入った。

川の上にできた迷路のような桟橋。そこにはいろんな発見があった。 おじいさんがテラスのゆり椅子でうとうとしていたり、 おばあさんがお米に陽をあてて乾かしていたり。 どこの国でもどこの街でも、園芸が好きな人は必ずいるもので、 窓という窓に、花が咲き乱れているお宅もあった。
そういう人々の日常を垣間見ながら歩いているうちに、うさぎはすこしづつ、 桟橋を歩くことに慣れてきた。 それとも、歩くことに慣れてきたから、 周りを見る余裕が出てきたのだろうか。

チャア先導で、なおも歩き続けると、 玄関のポーチで7〜8人の子供が群がって遊んでいる家があった。 うさぎたちがその前を通ると、子どもたちは一斉にこっちを向いた。 ちょっと足を止め、子どもたちに「ハリラヤおめでとう!」とうさぎが言うと、 子どもたちはちょっとビックリして、しーんとなった。 怯えたように目を見開く女の子、 誰かの影に隠れつつ、興味津々な瞳で見つめる小さな坊や‥。

一番大きな男の子が、利発そうな目でにっこりと笑い、 「ハリラヤおめでとう!」と、挨拶を返してよこした。 恐らく彼はリーダーなのだろう、 彼が挨拶をすると、他の皆の表情は急に和らぎ、 後ろに隠れていた子もそうっと前に出てきて、にっこりした。

と、やにわに玄関のドアが開き、 中から赤ん坊を抱いた若い女性とその夫らしき男性が出てきた。 女性の方は、子供たちに二言三言話し掛け、そのうちうさぎに気付いたらしい。 ふっと口をつぐんだ。
うさぎが「こんにちは」と挨拶すると、 彼女は、「二人だけでカンポンアイールを歩いているの?」と尋ね、 「そうです」と答えると、 「家の中にどうぞ」と手招きした。

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