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【 バードガーデン(雀鳥花園) 】

バードガーデン

菜々子ちゃんから「香港へ行かない?」と電話がかかってきたとき、 うさぎの頭の中に浮かんだ香港のイメージといえば、 小鳥好きのおじさんたちが細工モノの鳥かごを携え、自分の鳥を自慢しに 真昼間から「バードガーデン」に集っている光景であった。

或いはそれは、あまりに偏ったイメージだったかもしれない。 実をいうと当時、香港について他には何も知らなかったのだ。 「100万ドルの夜景」、「カンフー映画」、「スネークヘッド(蛇頭)」、 「ペニンシュラホテル」、「中国返還」といった誰でもが知っているような言葉なら知っていたが、 それも言葉止まり。それらに関する具体的なイメージや知識はなかった。

ところが不思議なことに、唯バードガーデンに関してだけは、 ここ一年くらいの間に様々なメディアによって立て続けに刷り込まれ、 すでにはっきりしたイメージを持っていた。 イメージだけでなく、疑問も抱いていた。 その時点でうさぎはすでにバードガーデンとの運命的な絆を感じており、 その感覚は、菜々子ちゃんに香港旅行に誘われたことにより、決定的なものとなった。 うさぎにとって、"バードガーデン"はかように特別な場所だったのである。

◆◆◆

バードガーデンの地下鉄最寄駅は、ツェンワン線の太子駅である。 電車を降りて太子駅の地上出口を出たうさぎたちはまず、 自分たちが向いている方向を地図で確認することにした。 地下鉄の出口から地上に這い出たモグラは、出口の向きに気をつけなければならない。 さもないと、正反対の方向に歩いて迷子になる羽目になる。

「分かったわ! わたしたちは今、こういう向きに立っているのよ!」 菜々子ちゃんとうさぎがそう同時に叫んだとき、二人は違う向きに立っていた。 いや、決してどちらかが方向を取り違えたわけではない。 二人とも同じ向きに地図を掲げてはいた。 そして同じ方向を指さしてはいた。 目指すバードガーデンは、菜々子ちゃんがまっすぐ指差した先、 うさぎが肩越しに自分の背中の後ろを指差した先にあるらしかった。

ともかくも、バードガーデンに向かって歩き出す。
と、ほんの数歩で、早くも鳥籠を大事そうに抱えた熟年のおじさんに遭遇した。

「唔該!(すみません)」 すばやく駆け寄り、単刀直入に切り出すうさぎ。
「影相OK?!(写真を撮ってもいいですか?)」
しまった、枕コトバを忘れた。「好Q雀仔(可愛い鳥ですね)」を。

けれどおじさんは気を悪くした風でもなく、 籠にかけてあった覆いをめくり、鳥籠をぶら下げて見せてくれた。 うさぎは、 「できればその覆いをすっかり取り去ってはもらえませんかね、 ついでに近くの木の枝に鳥籠をぶら下げていただけるとモアベターなんですが」と、 心の中でつぶやいたが、それを広東語に訳すだけの語学力がなかったので、諦めた。 まあいい、鳥だけを撮るチャンスならまだあるだろう。 ここは可愛い鳥さんの美的なプロマイドを撮ることより、 クールを装いつつもどこか誇らしげなおじさんの表情を写し込むことに 意義を見出すこととしよう。

旺角警察署の前を通り過ぎると、 バードガーデンまでの道は、数知れずの花屋が軒を連ねた楽しい通りになった。 うさぎははやる気持ちを抑えきれず思わず早足になったが、 なかなか思い通りには進めなかった。 歩道が道行く人々でにぎわっていたからだ。 バードガーデンへと向かう、第2、第3の鳥おじさんもいた。 「鳥おじさんたちの通勤ラッシュ?」と菜々子ちゃんが笑った。

人ごみを掻き分けつつ7、8分歩くと、バードガーデンが先のほうに見えてきた。 白く高い壁が、意外にも荘厳な雰囲気を醸しだしている。

けれどもその入り口に到着し、中の細長い路地を覗いたら、 そこは荘厳どころの騒ぎではなかった。 路地に沿ってずっと遠くまで続く木立に 赤字でなにやら書き付けられた白布が綿々とかかっている。
「なにこれっ?! せっかくの景観がこれじゃあ台無しだわ。 どうしてこんなものを張るのかしら」とブツクサ言いながらよくみると、 どうやらそれは抗議文のようだった。
「ひどい、ひどすぎる! これでは生活できない!」
「政府のやり方に抗議する。小動物の売買に税金をかけるな」といったところであろうか。

当の小鳥さんたちは、その白妙をバックに 張り出した木の枝にかけられた瀟洒な鳥籠の中で、賑やかに歌を唄っている。 鳥おじさんたちがあっちに二人、こっちに三人と固まって話をしている。 税金に対するミニ抗議集会を開いているのか、ただ世間話をしているだけなのか。 ニコリともしないその表情から察するに、政治の話をしているようでもあり、 商談を取り交わしているようでもあり‥。 尤もおじさんという人種は、 難しい顔をして何を話しているかと思えば競馬の話だったりするから分からない。 いずれにせよ、彼らは彼らなりに忙しいのだろう。

まあ今日は日曜日。 彼らがここで何をしていても不思議はない。 時間も圧していたので、写真を少し撮って、今日のところは引き上げることにした。 ――というのは、「明日もここに来るつもり」という意味だ。

さあて明日は月曜日。 ウィークデイでもおじさんたちはここに集っているでしょうか。 抗議集会(?)は開かれているでしょうか。 それは明日のお楽しみ――。

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