Hongkong  香港

<<<   >>>

【 当てっこ遊び 】

尖沙咀より香港島を臨む

どこの国でも、本屋はうさぎにとって重要な観光スポットである。 読めもしない言葉で書かれた本を見て何が楽しいのかと尋ねられれば答えに窮するほかはないが、 ともかく一度は本屋に立ち寄らないと気がすまない。

さいわい、菜々子ちゃんも同じ志向を持っていたようで、 地図を片手に本屋に辿りつく苦労を厭わなかった。 ――いや実際、方向音痴のうさぎの号令のもと ガイドブックに載っていた「商務印書館」というその大きな本屋にたどりつくのには 不撓不屈の精神が必要だった。 その店がそのビルの中にあることは確かで、 「商務印書館はこちら」という案内板をあちこちで見かけたにも関わらず、 うさぎたちは建物の中で道に迷い、同じ場所を何度も彷徨ったものだった。 それでも何とかその書店にたどりつくことができたのは、 ひとえに菜々子ちゃんの励ましのおかげである。

さて、やっと辿りついた本屋でまず皆が探したのは、子供の本の売り場だった。 童話がたくさん並んでいる。 菜々子ちゃんとうさぎはそこで、題名を見ては内容を推量し、 そのあと表紙の絵を見て自分たちの推量が正しかったかどうかを確かめる遊びを始めた。 「水滸伝」や「三国志」はそのままだから、すぐに分かる。 でも、ちょっと首をひねらないと分からないものもある。

たとえば「小人國大人國」。これは何だろう?
――ガリバー旅行記かな?
引き出してみると――、当たり。やっぱりガリバー旅行記のようだ。

「八十日環遊世界」は? これは簡単、八十日間世界旅行。
「一千零一夜」はおそらく「アラビアンナイト」で、 「鐡面王子」は「鉄仮面」。
「希臘神話」は「ギリシャ神話」、じゃ「隻城記」は――?
「二都物語じゃない?」と菜々子ちゃんが言った。 菜々子ちゃん、当たり! ディケンズの"A Tale of Two Cities"だった。

じゃあ「獄仙蹤」は? これはちょっと難しい。分からない。 表紙の絵を見たら、「オズの魔法使い」だった。 そうか、"魔法使い"は中国じゃあ"仙人"なのだ!

「小公主」「小王子」「小公子」「小婦人」 この4つは厄介だった。
「小公子」はそのまま「小公子」だとして、あとの3つのどれかが「小公女」のはず。 たぶん「小婦人」がそれだろう。 ――そう思って表紙を見たら、違った。「小婦人」は「若草物語(Little Women)」だった。
「ハハハ、そのものズバリ〜!」と笑う菜々子ちゃんとうさぎ。
でも、そうすると‥。二人は他の表紙も見てみることにした。 すると、「小公主」のほうが「小公女」であることが分かった。
それなら「小王子」は?
「あ、分かった。"Le Petit Prince"!」と菜々子ちゃんが言った。 またしても菜々子ちゃんの当たり! 「星の王子様」だった。 

「安徒生」は「アンデルセン」、「格林」は「グリム」‥。
子供たちを放ったらかし、たっぷり一時間はこの遊びをやっていた。 最後に一冊買って帰ろうと、うさぎは挿絵の美しい「水滸伝」を手に取り、レジのほうへと運んだ。 それは当てっこ遊びをはじめる前から「コレ」と決めてずっと抱えていた一冊だった。

ところが、レジの前には長蛇の列ができていた。 本屋のレジでこんなに人が並んでいる様はお目にかかったことがない。 しばらく並んでみたものの、一向に列は短くならず、 そろそろ時間も圧してきていたので、未練を残しつつ、それを書棚に戻し、書店を出ることにした。

今でもあの美しい挿絵を思いだすとため息が出るが、だからといって、 あの楽しかった当てっこ遊びの時間を、たとえその一部であっても レジに並ぶことに変えればよかった、とは思わない。

<<<   ――   2-7   ――   >>>
TOP    HOME