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【 スターフェリー(天星小輪) 】

スターフェリーより海を臨む

埠頭から海を眺めると、霧でぼやける香港島の摩天楼をバックに、 何隻もの船が行き交っていた。 濃緑色のフェリーが一艘、こちらに向かって進んでくる。 うっすらとぼやけていたその輪郭は、船が近づくにつれ、ぐんぐんはっきりしてきた。 このはっきりしない天気には朝からうんざりしていたが、霧もあながち悪くはない。

香港は本土と島に分かれ、その賑わいは、この静かな海で分断されている。 一体どうしてこんな発展のしかたをしたものか。 今でこそ島と本土は何本もの地下鉄によってつながれているが、 ほんの数十年前までは、本土と島を行き来する手段といえば船しかなかったはず。 人の流れが二つに分断されたこの街がこんなに発展したのが不思議でならない。

うさぎたちは天星碼頭とよばれる船着場にやってきた。 ここからスターフェリー(天星小輪)に乗って香港島に渡るのだ。 その船賃はなんと、2.2香港ドル。日本円にして40円足らずである。 しかもこれは一等の運賃で、二等だと更に安いらしい。 いくらなんでもこんな運賃で民間会社がやっていかれるんだろうか、と思ったが、ご心配召されるな、 この客船会社は巨額の富を持つマカオのカジノ王、かのスタンレー・ホーがその経営権を握っているらしい。

1等は二階、2等は一階。船内のフロアが分かれているので、等級により乗り場も別れていた。 案内板に従って通路の奥へ奥へと進むと、 がらんと殺風景なフロアにいかにもがっしりとしたゲートがあり、その前にはすでに人がひしめいていた。 そこに混じって待っていると、後から後から、まるで雪が降り積もるかのように更に人の数は増えてゆき、 けたたましいベルが鳴ってゲートが開くやいなや、 その大量の人間が緩やかな坂を下ってどっとフェリーに向かってなだれ込んだ。 まるでししおどしみたい。 水はじっくりと時間をかけて溜まるが、ある瞬間、一気に吐き出される。

こんなにたくさんの人では、座るのは難しいかもしれない‥と思いきや、 意外にも船の懐は大きかった。全員が座っても、まだ座席に余裕がある。 そうか、船というのは小さく見えてもけっこうキャパがあるものなんだ。 水路によって隔てられていることは、この街にとってそう不便でもないのかもしれない。

「風で帽子が飛ばされないように気をつけなさいよ」とチャアに注意するうさぎ。 彼女は今しがたほんの7ドルで買ったピンクのキャスケットをかぶっている。 くるみちゃんが被っていたものだから、彼女は今朝からずっとキャスケットを欲しがっていたのだが、 運の良いことに、乗り場へ向かう通路で見つけたのだ。

◆◆◆

心地よい潮風に頬をなでられつつ、10分足らずでフェリーは対岸に到着。 乗客たちはまたどやどやと下船していった。

帽子はチャアの頭の上にまだ乗っかっている。 くるみちゃんの頭の上にも一つ。 菜々子ちゃんとうさぎは傘の柄を握り締め、 自分の座席を振り返って忘れ物がないか点検したのち、下船した。

けれど、下船してしばらく歩いたところで、やっぱり一つ忘れ物をしてきたことに気づいた。
「しまった、フェリー内の売店をチェックするんだった!」と。

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