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【 ヴィクトリアピーク(維多利亞山) 】

二階建てバス

中環のスターフェリー乗り場の前はバスターミナルになっている。 ここの15番乗り場からバスに乗り、更にピークトラムと呼ばれるケーブルカーへと乗り継ぐと、 100万ドルの夜景で有名な ヴィクトリアピーク(維多利亞山)にたどり着けることになっている。 実際うさぎたちはガイドブックのその指南どおり、そうやってヴィクトリアピークに到着した。

思えば遠くに来たもんだ。地下鉄、フェリー、二階建てバス、ケーブルカー。 香港名物といわれる乗り物にはこれでだいたい乗ったことになるのではないだろうか。 地下鉄はごく普通の地下鉄だったが、フェリーは素敵なモスグリーン色だったし、 二階建てバスは、これまたシックなエンジ色で、 ――まあ形はなんとなく装甲車に見えなくもないのだが――、 "Peak Tramways"と白く抜かれた文字がいかにもオシャレだった。 ケーブルカーは、辛苦のボディに金色の金具がキラキラと輝いて、うさぎたちを大喜びさせた。 たかが交通手段と侮ってはならぬ。 女はこういうところで、香港への再訪を決意するのだ。

けれども。
こうして乗り物を乗り継いで見にやってきたヴィクトリアピークの夜景は、全くの失望であった。 「"100万ドル"といわれるほどではなかった」なんてものではない。 100万ドルどころか、1ドル、いや1セントの価値もなかったと言っていいかもしれない。

それは、ピークトラムで最大傾斜角40度という急勾配を登っているときから、 うすうす気づいていたことではあった。 およそ今まで経験したことのないその急勾配ぶりに体が垂直軸を忘れ、 窓から見えるビルがことごとく前に傾いで見えていたときから。 そしてそのピサの斜塔のようなビル群がトラムの後ろに退き、 霧の海に沈んでゆく様を見るにつれ、その危惧はより一層深いものになってはいた。

でも、だけど。

まさか「全然見えない」だなんて!!

「季節や天候により、見え方が異なる」とはガイドブックにも書いてあった。 今日は天気が悪いし、あんまりきれいに見えないだろうな、と最初から思っていた。 でもまさか、

ほんの5メートル、10メートル先すら全く見えない、だなんて――!

さすがにそこまでは想像していなかった。 ほんのちょっとくらいは、たとえば一番高いビルの明かりがかすかに見えることぐらいは あるだろうと思っていた。

‥甘かった。夜景どころか、展望台の縁すら、よくよく目を凝らさないとその存在が確認できない。 ここがどこであるかという情報は全て霧に隠され、 ここが森の中でも砂漠の真っ只中でもなく、人工的な展望台であると伝えているのは 足の裏に感じる霧でびしょぬれになったコンクリートの感触だけだ。

「ほら見て。この霧、あそこから噴き出してるんだよ!」と、 子どもたちが、展望台を照らすライトを指差した。 ――ははあ、なるほど。確かにそう見える。 鈍い光がもうもうと立ち込める霧をほのかに照らし、 あたかも光ではなく霧がライトから降り注いでいるかのように見えるのだ。

うさぎはあっけにとられ、がっかりを通り越して、なんだか可笑しくなってしまった。 中途半端な夜景を見るより、却ってよかったかもしれない。 これじゃ悪あがきのしようもないもの。 うさぎは手に持っていたカメラと三脚をバッグにしまった。

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