Minnesota  ホストマザーに会いに

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【 ロージー 】

公園

コーラスが終わったあと、ロージーが来るというので、皆は玄関へと向かった。 ロージーは28年前、うさぎと一緒に1週間過ごしたマムの姪っ子である。 うさぎよりも一つ年下で、まっすぐで淡い茶色の髪をした、おとなしい雰囲気の子だった。

午後の玄関は人通りが絶えず、賑やかだった。 これから出かける人、ホームに帰ってくる人で、ひっきりなしにドアが開いたり閉じたりしている。 誰かがやってくるたび、マムはその人と挨拶を交わした。 一体何人友達がいるのだろう?

‥と、ホームに帰ってくる老人に混じって、 若い女性が外から飛び込んできた。 真っ黄色の髪、つっかけのサンダル履き。 彼女は駆け込んでくるやいなや、マムに抱きついた。
「クリスティ〜ン! 久しぶり〜〜!」

マムはあっけにとられて自分の体から彼女を引き剥がすと、顔を確かめた。
「‥ロージー!! 一体あなた、"どう"したの!!」 "どう"の部分に思いっきりアクセントを置いてマムは言った。

「ロージー」と呼ばれた女性は自分の髪をつまみ上げながらいった。
「ヘヘヘ、これ? いいでしょう! 染めてみたんだ!」
マムは自分の胸を押さえながら言った。
「ああびっくりした。いったい誰かと思ったわ」 それからうさぎのほうに向き直り、言った。
「そうそう、ロージー、こちらがウサギよ。ウサギ、彼女がロージーよ」

「ウサギ〜! 会いたかった〜! 全然変わってないのねー!」とロージーはうさぎに抱きついた。 うさぎは、この黄色い頭をした女性の中に、かつてのおとなしい少女の面影を見つけようとしたが、 無駄だった。
「ロージー、会えてうれしいわ。あなたはすごく変わったのね! 全然分からなかったわ」 うさぎがそう言うと、マムが言った。
「わたしだって全然分かりませんでしたよ。2、3ヶ月前に会ったばかりだけど」

さあ、今日はこれからピクニックだ。 ロージーは皆に説明した。
「いい? 今日のピクニックは湖のそばの公園よ。ハイウェイを西に15分くらい行って、 交差点をちょっと右に曲がったところ。 ごめん、地図はないんだ。 でもあたしが誘導するから、キリン、ついて来て! あたしの車はコレよ!」 彼女は自分の車につけた羽飾りを揺らしてみせた。
「オーケー。君についていくよ」ときりんは言った。

「ロージーは車の運転が上手でね。 スピードスターだけど、腕は確かよ。 それにミネソタ中の道を本当によく知っててねえ。 どこへ行くにも地図なんかいらないの」 とマムが言うので、 きりんはネネとチャアをロージーに預け、 マムとうさぎを自分の車に乗せて出発した。

ロージーの車はホームの駐車場を出ると、メインストリートを横切り、その向こうの脇道に入った。 きりんはその後を追った。 マムは後部座席で何やらブツブツ言っている。 「あの子ったら、一体どこへ行く気なのかしら?」
「きっと近道を知っているんじゃないかしら」とうさぎは言った。

ところが脇道を走ってしばらくすると、ロージーの車が止まり、ドアをバタンと開けて ロージーが出てきた。 彼女はゆっさゆっさと体を揺さぶりながらこっちに走ってきて、 きりんが開けた窓ごしに言った。
「ゴメン、こっちでいいんだっけ?」
「‥いや、僕には全然分からないけど‥。 ハイウェイに出るつもりならメインストリートに戻ったほうがいいんじゃないかな」
「分かった。そうする」

ロージーは自分の車に戻り、エンジンをかけた。 そして次の路地で曲がり、メインストリートに戻った。

ところがまたしばらくすると、彼女はまた妙な小道に入り、 マムをして「あの子は一体何をしているの?!」と憤慨させた。 「あの子が道を間違えるなんて‥! 一体どこにハイウェイがあると思っているのかしら。 ああ、あの黄色い髪がすべてを変えてしまった‥!」 マムが天を仰ぎながら芝居がかった口調で言ったので、きりんとうさぎは思わず吹きだした。

しばらく走ると、ロージーがまた車を止めて走ってきた。
「ゴメーン!! 街から出られなくなっちゃった! ハイウェイってどっち? あっち? こっち??」
「‥たぶん、あっち」ときりんは指差した。
「そうかー。あたし、あなたについていくことにするわ」
「エエーッ!!」

結局、ハイウェイの入口まではきりん先導で行くことになった。 無事ハイウェイに入ると、そこからはまたロージーの先導に変わり、 彼女はハイウェイを猛スピードで走り出した。 くるくると車線を変えてはどんどん他の車を追い抜いていく。 まるで銀色のとびうおが体をくねらせて跳ね回っているみたいだ。

「ちょっと、このスピードじゃついていけないよ」 きりんはそういいつつも、なんとかロージーの車を見失わないようにと車を操った。 銀色の車は山ほどいるから、ロージーの車を見分けるのは、あの小さな羽根飾りだけが頼りだ。 銀色が他の車の陰に隠れては現れて、を繰り返すたび、うさぎはそこに羽飾りを探した。

でも、ロージーの車をなんとか捉えていたのはハイウェイに入った最初の数分だけで、 一度大きなトラックの陰に隠れてしまってからは、もう全く分からなくなってしまった。 きりんもうさぎもロージーの車を探すことはあきらめ、 ロージーが言っていた道順を頼りに、自分たちのペースで行くことにした。

「たしか15分くらいここを走ってから右折するって言ってたよねえ」
「ウン、湖のそばの交差点だって言ってた」
「そこで何号線に入るって言ってた?」
「ええと確か‥」

ハイウェイを走って20分経ったあたりから、きりんとうさぎは不安になりはじめた。
「確かに15分って言ってたよねえ。どっかで見過ごしたのかな」
「いやでも、スピードスターの"15分"だからなあ。まだなんじゃない?」
「そうかなあ。でも交差点なんてなかったよね」
「うん、湖もなかったと思う」
「ねえ、ハイウェイに交差点なんてあるのかな」
「‥確かに。でもそう言ってたよねえ?」
「いや、僕は知らない。英語分からないもん」
「えっ?! ‥いや、あれは確かに"交差点で曲がる"っていう意味だったと思うよ。‥たぶん。 ‥って、ひょっとしてまた私たち、迷子になりかけてる?」
「うん、そうかも」

25分ほど走っただろうか、そのうち本当に交差点に出くわした。
「おお、あったじゃん! 交差点!」
でも湖の姿はない。 「もうちょっと行ってみようか」
「そうだね――」

交差点を過ぎてほんのちょっとすると、湖が見えてきた。
「あ、やっぱりさっきの交差点だったかも。戻ろう」 きりんは次の交差点を曲がって車をUターンさせ、お目当ての交差点まで戻ってきた。
「ここでいいんだよね? ね?」
「う‥うん、たぶん。 ‥で、右折するはずだったんだから‥、左折してね! 左折!」

きりんがそこを左折してちょっと行くと、公園らしきものが見えてきた。 そこにきりんは車を止めた。
「たぶんここでいいんだよね?」
「ウン、たぶん‥」

公園は広く、他に人は見当たらない。
「本当にここでいいんだと思う?」
「ウン、だってここじゃなかったら‥。もうどうすればいいのか分からない」

するとしばらくして、林の陰から、こっちに向かって走ってくるネネとチャアの姿が現れた。
「あっ、いた!」
きりんとうさぎは子どもたちを抱きしめた。 なんだかものすごく久しぶりに会えたような気がする。 ほんの30分しか離れていなかったのに。

ロージーもやってきて陽気に言った。
「ああ、来た来た! 途中ではぐれちゃったけど、すぐ分かったでしょ? ここ」
「‥アー、イエース」うさぎはそう答えた。
きりんがうさぎの脇をつついた。 「何が"イエス"だよ。迷ったじゃないか」と。
「まあいいじゃないの。 無事着いたんだから。 だって、英語で何て言うのよ。 "交差点まで15分じゃなくて25分くらいかかったし、 曲がるところがいまいち分からなくって、一度通り過ぎてUターンしたけど、 そのあとはわりとすぐ分かった"って、英語で言える?」
「‥えっ、ママなら言えるんじゃない?」
「言えるわけないでしょう。 とにかく無事着いたんだから、これは大雑把に言って"イエス"な状態なわけよ」
「‥ああ、そう」
きりんとうさぎは顔を見合わせて笑った。

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