Minnesota  ホストマザーに会いに

<<<   >>>

【 雨の中のピクニック 】

公園

公園につくと、ロージーはピクニックの準備をはじめた。 木のテーブルにチェックのテーブルクロスを敷いてき、車に積んできたお菓子を並べる。 いろんな種類のチーズに、これまたいろんな種類のクラッカー。 うさぎも日本から持ってきた裂きイカやせんべいを並べた。
「ライスクラッカーならあたしも持ってきたわよ!」とロージーは言う。 取り出した缶入りのあられを見て、マムが目を丸くした。 「そんなのどこに売ってるの?」
「あら、普通にスーパーで売ってるわよ。あたし大好きなの、コレ。よく買うのよ」

「あらそうなの! それじゃあロージーはわたしのことをしょっちゅう思い出してくれてたんだわ」とうさぎは感激した。 なぜって、日本を経つ前ロージーがくれたメールにこう書いてあったからだ。
「ライスクラッカーを食べるたびにあなたを思い出すのよ」って。 それを読んだとき「この28年間に何回思い出してもらえたかしら」とうさぎは思ったものだが、 けっこう頻繁に思い出してもらえていたのかもしれない。

しばらくして、ロージーのご主人がやってきた。 次いで、ロージーの弟のラリーも、妻と3歳になる娘、そして母親を連れてやってきた。

実を言うと、今日顔を見るまで、うさぎは28年前に一度会ったはずのラリーのことは全く覚えていなかった。 ロージーのもう1人の男兄弟についてはどんな髪をしていたか、どんな顔をしていたか覚えているのに、 ラリーに関しては、もう全く何も覚えていなかったのだ。 英語では兄も弟も「ブラザー」と呼ぶが、ラリーがロージーの兄だったかそれとも弟だったかすら、 分からなかった。

ところがラリーがやってきて、握手を交わしつつ、彼の顔をまじまじと見た瞬間、 ほんの一瞬、彼とそっくりな顔をした小さな男の子の姿が頭の中でフラッシュバックした。 けれどもその姿は次の瞬間、早くも消えそうになり、 うさぎは反射的に身を固くすると、記憶の尻尾を捕まえた。 それでかろうじて、その姿は頭の中に繋ぎとめられた。 ――ああそうだ、こんな顔の子がいた。 その日、彼はつまらなそうな顔をしていた。 同じくらいの年の子がその場にいなかったからかもしれない。 彼はまだ小さな男の子だった。 ラリーはロージーの弟だ。

ラリー一家が揃うと、皆はスナックをつまみはじめた。 マムは「ライスクラッカーを試してみる」と言い、おせんべいを口に運んだ。
「美味しい! これ、わたし大好きだわ」
マムはロージーの持ってきたあられもつまんだ。 「これがスーパーで簡単に手に入るなんて、嬉しいわ」と言いながら。

ところがマムが口に運ぼうとしているあられの中には、緑色のワサビ玉も入っていた。 うさぎはマムを止めようとして「待って‥」と言いかけたが、ふと思いとどまり、
「気をつけて」とだけ言った。
皆が一斉にマムに注目した。 マムも、何が「気をつけて」なのか、おおよそ察したようだ。 ワサビ玉の入ったあられを用心深く口に入れた。 そして――。

「あーー! 辛い!!」

期待通りの反応に皆は大喜び!
「どれ、試してみるか」と、あられに手を伸ばしはじめた。 そのうち誰かがのりせんべいにクリームチーズを乗せた。 ネネとチャアがすぐにその真似をした。
「おいしい!」

おせんべいよりも人気が出たのは、燻製イカだった。 特にソフトいか。 これにはもう、みんな大喜びだった。

‥と、だんだんあたりが暗くなってきた。 えっ、もうそんな時間?と時計を見ると、まだ午後4時。 ミネソタの夏は日が長い。 こんな時間に暗くなるはずはないのに――。

そうこうするうちに、大粒の雨がポツン、ポツン、と降ってきた。
「雨だ!」 ラリーが叫ぶと、皆は弾かれたように一斉にベンチから立ち上がり、 テーブルの上を片付け始めた。 とにかく大急ぎで屋根のあるところに避難しなくっちゃ! ここの雨は、降るとなったら徹底的に降る。 それは昨日でもう経験済みだ。 うさぎはテーブルクロスごと日本から持ってきたスナックを持ち上げ、 そのまま大きな屋根のあるオープンエアのログハウスへと走った。

それでも雨足の早さには敵わなかった。 皆がテーブルの上のものをすべて屋根の下に運び入れるより早く、 雨はすっかり本降りになっていた。

うさぎはログハウスの大きな屋根の陰から恨めしく空を眺めた。 あーあ、せっかく肉を焼くのを楽しみにしていたのに。 これではバーベキューなんかできやしない。 それに、寒い。服が雨に濡れて寒い。風邪をひきそうだ。 だいたい、暗い。 屋根から電球がぶら下がってはいるが、あまりに天井が高すぎて、光が下まで届かない。 うさぎはすっかり憂鬱な気分になった。
「早く雨が行っちゃってくれないかなー、昨日のように」 うさぎはそう念じ続けた。

ところが。昨日とは違い、今日の雨はなかなか止まなかった。 30分待っても1時間待っても止まないので、 ラリーとロージーはカッパを着こんで車のところまで行き、 バーベキューの付け合せにと作ってきた惣菜を持ってきた。 細かく裂いたチキンの煮込みや、ポテトのグラタン、チリコンカンや野菜の冷製ピザなど。 食べやすくカットされたフルーツもいろいろある。

やけに気合の入った料理の数々にうさぎはビックリした。 ただバーベキューの付け合せにするだけなのに、一体どうして‥。 バーベキューなんかなくても充分なくらいのご馳走ではないか。

更にビックリしたのは、これらがすべてロージーの手料理だったということだ。 たった一人で、一体何時間かけて作ったのだろう。

ああこれはただのバーベキューピクニックではないのかもしれない。 ロージーがうさぎたちを歓迎するために催したパーティなのだ。

皆は発砲スチロールの皿に思い思いにロージーの手料理を装い、プラスチックのフォークで食べた。 このエネルギー補給で、うさぎは寒いのが少し収まった。 その上、ロージーとラリーはなにやら相談している。 宅配ピザをここで取ろうというのだ。
「えっ、まだ食べるの? もう充分食べたと思うけど」 うさぎはそう思ったが、二人はあちこちのピザ屋に携帯で電話しながら、 ここまで配達してくれるピザ屋を探している。

3軒くらいかけたところで、それがみつかった。 ピザハットがもってきてくれるという。 皆は最初のうち「早くピザが来ないかなー」と心待ちにし、 20分ほど待っても来ないとなると、そのうち「早く来るな」と祈りながら待ち続けた。 なぜって、日本でもそうであるように、アメリカでもピザの宅配は、 一定時間内に届けられなかった場合、代金がタダになるからだ。

けれども皆の祈りもむなしく、ピザは定刻5分前に無事届けられた。 こんな雨の中を、バイクで来るのはさぞかし大変だろうと案じていたが、 やってきたのはバイクではなく、真赤な乗用車だった。

ピザが来ると、皆は早速食べ始めた。 もうお腹がいっぱいだと思っていたのに、出来立てのその温かさが嬉しく、 うさぎも2きれほど食べた。

ピザでお腹を満たすと、いよいよ手持ち無沙汰になった。 雨は小降りになってはきたが、まだ少し降っている。 雨が完全に止む前に、今度は夕闇が迫ってきている。 こんな暗くて寒い公園で、一体どうやって過ごせばいいのだろう。 ‥でも、つまらなそうな顔をしていたら、せっかく準備をしてきてくれたロージーやラリーに申し訳ない。 うさぎはやることを探し、ふと思い立ってラリーの雨がっぱを借り、きりんの車まで戻った。

車には、皆にあげようと思って持ってきた日本グッズが積んである。 うさぎはそれを取り出すと、雨に濡れぬよう、かっぱの下に隠して皆のところまで戻った。

さあて、このビニール袋の中から最初にうさぎが取り出したのは、 色とりどりの折り紙だった。 うさぎは緑色の折り紙をチャアに渡し、カエルを折ってもらった。 そして、ラリーの娘のジョセフィンの前で、「レベッ、レベッ」と言いながら跳ねさせてみた。 お母さんに「ほら見て、カーミットよ!」と言われると、 くるくる巻き毛のジョセフィンは、小さな手を叩いて、大喜びした。

ネネとチャアがシャボン玉を作って飛ばすと、 ジョセフィンはそれを受け止めようとして腕を伸ばした。 ネネとチャアはゆっくりと用心深く大きなシャボン玉を作ってはジョセフィンのほうに飛ばした。

うさぎが紙風船を膨らませて飛ばすと、ジョセフィンは小さな手の平でそれを受け止め、 投げ返した。 でもそれはうさぎのほうではなく、座っているマムのひざの上に落ちた。 マムはそれをジョセフィンに打ち返し、 それをジョセフィンの母親が受けてきりんに向けて打った。

ここにいる全員がその紙風船の打ちっこに参加するのに大して時間はかからなかった。 ネネやチャア、ラリーやロージー、その配偶者はもちろん、 年老いたロージーのお母さんまでが、自分のところにやってきた紙風船を打ち返し始めた。 マムとロージーのお母さんは皆の真ん中に座り、 体の自由が効く若い衆(?)が彼らを取り囲むようにして 突拍子もない方向に飛んでいきがちな紙風船を受け止めては中心に戻した。 小さなジョセフィンが上手に受けると、みなは大喜びして彼女を褒めた。 ジョセフィンの嬉しそうな笑顔を見ると、みな顔をほころばせた。 ジョセフィンの見事な金髪と可愛らしい笑顔は、まるで闇を払う灯し火のようだった。

途中でうさぎは二つ目の紙風船を膨らまして投げ、皆の仕事を増やした。 みなは紙風船が床に落ちそうになると、大騒ぎをし、いつも誰かがかろうじて受けとめた。 二つの紙風船が破れるまで、そうやって皆で打ち合った。 うさぎはあっけにとられたような、笑いたいような、照れるような、泣きたいような、 何ともいえない気分でそれを見ていた。 自分も中に入って風船を打ち返しつつ、 他方で、この光景を、まるで映像でも見るように眺めている自分がいた。

もしかしたら、それは誰もが同じだったのかもしれない。 あとでマムがさも可笑しそうに、何度も繰り返し言ったものだ。

「あんなおかしなパーティは初めてでしたよ。
雨が降る中、暗い公園で、いい大人がみんなして紙風船の投げっこに興じていたんですからね!」

と。

<<<   ――   4-5   ――   >>>
TOP    HOME