【 ブルネイ旅行記11 魚の餌付け 】
朝食のあと皆で散歩していたら、アトリウムの裏手に大きな池を見つけた。
どこか東洋的な雰囲気の池だ。
渡り廊下の欄干から覗いてみると、抹茶色の水の中に、大きいのやら小さいの、
金色や黒の錦鯉が無数にいた。
人間の姿をみつけて集まってきているようだ。
ネネがふざけて腕を振り上げ、それをまた振り下ろすと、
魚たちはパニックしたようにとびはね、水しぶきを上げた。
「ははは! 魚たち、何かを投げたかと思ってびっくりしてるよ!」とネネは言い、
チャアと一緒になって、何度もモノを投げるフリをした。
その度に、何度でも魚たちはバシャバシャと派手な水音をたてる。
うさぎは言った。
「魚たち、びっくりしてるから跳ねるのかなあ?
違うんじゃないかな。
きっとエサを投げてくれたのかと思って探してるのよ」と。
そして、本当に魚たちにエサをやってみようと思いついた。
うさぎはチャアを連れてアトリウムカフェに引き返し、 女性スタッフにパンを分けてくれるように頼んだ。 彼女は、パンを食べるのがエンパイアの飼っている鯉であることを確認すると、 パンを取りに厨房へ入っていった。
彼女がパンをもってくるのを待っていると、アンディが現れた。
「ご用を承りましょうか?」と尋ねるので、事情を話すと、
「ああ、なるほど」とアンディは頷き、彼女が戻ってくるまで、
ニコニコしながらうさぎたちに付き添って側にいてくれた。
うさぎは、「この人のこういうところが好きだなあ」と思った。
折り目正しいだけじゃない。どこか人懐こくて、優しいのだ。
裏庭の池に引き返し、早速もらってきたパンを投げると、
魚は先を争って我がちにそれをついばんだ。
一体何匹くらいいるのだろう??
ちょっと数えてみたら、ほんのわずかな一角だけで百匹は軽くいた。
この分だと、桟橋の近くにいるのだけでも何千という数がいそうだ。
何も、ブルネイまでやってきて池の魚にエサをやることもないのだけれど、 子供たちは夢中でパンを小さくちぎっては、 魚に投げてやったり、水の近くまで持っていったりして、 魚がそれに飛びつくのを眺めていた。
翌日も、アトリウムカフェで朝食をとったのち、裏庭の池にやってきた。 今日はすでにパンを持っている。 昨夜取ったルームサービスについてきたパンを、魚用にとっておいたのだ。 ネネとチャアはまたしばらくパンをちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。
けれど、今日のパンは小さなコッペパン。すぐになくなってしまった。
「もっとないの?」と言うので、
「じゃあ今日は自分たちでもらってきてごらん」とうさぎは言った。
"魚にやるパンをください"という英語を教え込み、
子供だけでアトリウムカフェに行かせた。
二人は「ギブミー、ブレッド、フォアフィッシュ‥」
「プリーズギブミー‥」などと口の中で繰り返しつつ、
アトリウムへの方へと走っていった。
さあ、ネネとチャアはちゃんとパンを貰ってこられるでしょうか――。
うさぎはとても気になったけれど、敢えて池の端で待っていることにした。 なんだか、ここで待っていられるかどうかで、 母親としての力量が試されているような気がしたのだ。
けれど、きりんの方はまた違った考えを持っていたらしい。
子供たちがアトリウムへ向ってからしばらくすると、
それまで無関心を装っていたきりんはやおら立ち上がり、
「ちょっと行ってくる」と言い残してアトリウムの方へと消えた。
「くれぐれも子どもたちには見つからないように!」
とうさぎは彼の背中に向って叫んだ。
しばらくすると、きりんが子供たちより一足先に帰ってきた。
「どう? あの二人、パンを貰ってこられそう?」と尋ねると、
「大丈夫じゃないかな。アンディが応対していたから」ときりん。
きりんは5階の吹き抜けから、
3階のアトリウムカフェで子供たちがパンをもらっている様子を
双眼鏡代わりにビデオのズームで伺っていたらしい。
少しすると、手にパンを持った子供たちが、元気良く走って帰ってきた。 そして、それをまたちぎっては投げ、ちぎっては投げして、全部魚にやった。
そのまた翌日は、朝食が終わって、アンディに「パンを‥」と言いかけると、 彼は心得たりとばかり奥に消え、ラップにくるまれたパンをすぐに持ってきた。 どうやら予め準備しておいてくれたらしい。 これには子どもたちがいたく感動し、アンディの株はますます上がったのであった。