小学校時代のクラス同窓会に行ってきました。 最後に開かれたのが二十歳くらいのときですから、20年ぶりの同窓会です。
集まったのは、当時の担任だった女の先生と、うさぎを含めて8人のクラスメートたち。
もともとクラスの人数が少ない上、久々の開催で
連絡のついた人も限られていたため、参加人数はちょっと少なめです。
女の子が3人と、男の子が5人。
今や40歳の皆を指して、
「女の子が‥、男の子が‥」なんて書いたらおかしいのかもしれないけれど。
会場は、仲間のひとりがやっている居酒屋。
地元の駅近くの小さなお店です。
がらりとガラス戸をあけたら、もう半分くらい集まっていました。
昨年定年退職した秋本先生。
少しシワは増えたけれど、その明るい声が全然変わっていない。
幹事のじゃじゃ丸くんとは先日会ったばかりだから分かるのは当然として、
昔はいじめっ子だった海原くんもすぐわかる。
髪はすっかり白くなっているけれど、
こんなハンサムは、そんじょそこらにはいないもの。
昔一番小さかった浜本くんは、今はすらりと長身。
奥さんを貰った今では、昔のようにシャツがズボンからはみ出ていたりはしません。
ひときわ若々しく、まだ20代と言っても通りそう。
それから、エート‥。 ? 一人、見覚えがない顔が‥?
「あなた誰?」
うさぎ、思わず聞いちゃった。消去法で行くと、彼こそがこの居酒屋のオーナーにして マスターの臼井ちゃんであるはずなんだけど‥。 でも臼井ちゃんは細面だったはず‥。
うさぎのこの一言に、どわっと湧くみんな。
「おいおい、顔を見るなりいきなりそのセリフかい! 失礼な〜!
ここのマスターじゃねえかよ!」と豪快に笑うじゃじゃ丸。
「はは‥、臼井です」と照れて笑う臼井ちゃん。
昔から、このクラスの男の子はみんな、苗字に"ちゃん"付けなの。
「え〜っ! やっぱり臼井ちゃん??」とうさぎ。
もう一度拝見するも、‥うーん、あごひげを蓄えた、見事にまんまるなお顔立ち。
これが、あのほっそりした顔立ちの臼井ちゃんだとは‥。
そこにまたガラリと戸が開いて、キミちゃんが入ってきました。
どわ〜っ!と笑う男の子たち。
「あんたたち、なんで人のこと見て笑うのよッ!」とキミちゃん。
「いや、あまりにも変わってないんでさあ〜」と海原くん。
「余計なお世話よ! あんたたちだって全然変わってないじゃないのッ!」
と威勢のいいキミちゃん。
‥と、キミちゃん、フッと臼井ちゃんに目を留め、一瞬無口になる。
はは‥、やっぱりキミちゃんも臼井ちゃんだけは分からないみたい。
そのあと、昔からおとなしい男・宮森ちゃんと、
ナイチンゲールのように可愛らしい声が変わらないちひろちゃんが入ってきて、
お座敷で宴会が賑やかに始まりました。
先生を真ん中に女性陣は上座、男性陣は自然と台所近くに腰を下ろす。
このクラスの同窓会は、昔からそうなの。
女の子は上座にどーんと座ったっきり動かない。
次から次へと料理を作って運んでくれるのは男の子たち。
だって、幹事のじゃじゃ丸くんをはじめとして、
調理師免許を持った腕自慢のコックさんが3人もいるんですもの。
昔から、同窓会といえば、地域センターの厨房付きの部屋で、
彼らが豪華な料理を作ってくれたものでした。
この日も、じゃじゃ丸くんは、 臼井ちゃんの居酒屋で朝の6時から仕込みをしてくれたのだそうです。 えへへ、きっと今日も豪華な料理が出てくると思ったんだ。 だからうさぎ、午後1時に始まるこの会のために、朝食も食べないで来たの。
テーブルの上に並んでいるのは、尾頭付きの鯛をはじめ、えらく上等なお刺身の盛り合わせ。 こんなに分厚く切ったお刺身って見たことない!
臼井ちゃんからの採算度外視サービスです。
一方、じゃじゃ丸くん作は、イタリア〜ンなオードブルの盛り合わせ。
ナスのカルパッチョの酸味が清々しい。
まずはビールで乾杯。
でもそのあとは、
「さあ、みんな何がいい? オレンジジュース? お茶? 何でもあるよー」。
実はこの9人、みんなお酒が飲めない。
なんと居酒屋のマスター臼井ちゃんまでが、酒は一滴も飲めない。
「居酒屋のマスターってのはなあ、めっぽう酒に強いか、
全く飲めねえか、どっちかなんだよ」と、臼井ちゃんの代わりにじゃじゃ丸が説明する。
見た目は酒豪に見える海原くんも、キミちゃんも、
おちょこに一杯の日本酒で、天井が回るという。
そんなわけで、居酒屋にてお酒ヌキの宴会が始まりました。
でも、みんな喋る、喋る、喋る!
「日曜の朝なんか、いつもは『仮面ライダー』の時間まで寝てるのによ、
今日は6時っから仕込みだったぜ」とじゃじゃ丸が言えば、
「ああ、仮面ライダーね。ウチも見てる〜♪」と4人の子持ちのちひろちゃん。
「オレも息子と見てるけど、あれ、筋立てが懲りすぎよ。
昔みたいな勧善懲悪でいいのによ」と海原ちゃん。
「そおそお。今なんかライダーが6人もいるしさ、変身ベルトはしょっちゅう型が変わるし」
とキミちゃん。
「そうそ、子供がそのたびにいちいち欲しがって大変なんだよな」と浜本っちゃん。
「だいたい最近の子供は贅沢なんだよ。
俺達の頃なんて、変身ベルト、自作よ? 自作」と海原ちゃん。
「ブルースリーが流行って、ヌンチャクだって自作したもんな。
図工室だったか家庭科室だったかの自在箒の柄を折ってよぉ」
「何それ? 知らなーい! そんなことしてたの!
だいたいどうして教室のじゃなくて、家庭科室のなわけ?」とうさぎ。
「あ、またうさぎの"なんで? どうして?"が始まったよ」と海原ちゃん。
「昔っから何かっていうと、うさぎは"なんで? どうして? どうしてそうなるの?"と
くるんだよな。俺、いつも口じゃあうさぎに敵わなくてよ」
突然、長年の謎が解けたうさぎ。「あ、そうかあ、口で敵わなかったからなのか〜。
なんで海原ちゃん、いつもあたしのことすぐ殴るんだろう?って思ってたのよね」
「ああ、よく殴ったよな、そういや」
「よし、じゃ海原、この辺で一度謝っとこうか〜?」とじゃじゃ丸。
「おう、分かった。
"うさぎさん、ごめんなさい。もう今は、いじめっ子じゃありません"」と海原ちゃん。
「ハハ‥、もういいよ〜、‥で、それで箒をヌンチャクにしちゃって、怒られなかった?」
とうさぎ。
「うん。誰も気付かなかった。柄が黄色かったから、それですぐバレるかと思ったんだけど。
やっぱ、あんまり使われない家庭科室のホウキを使ったのがよかったんだな」
「あ、それで家庭科室のを使ったのか〜」と、うさぎ、納得。
「でもさ、自作のヌンチャクって、チェーンをこう、木に対して縦にねじ込んだもんだから、
ちょっと振り回すと、すぐ外れてスポーーンみたく飛んでっちゃうんだよな」とじゃじゃ丸。
「そうそう、ガツーンと肘とかに当たったりしてよ。すげー、痛てえの」
ははは‥。でも、ヌンチャク作るのに、よく箒の柄を使おうだなんて思いついたものよね。
ガキ大将の海原ちゃんが掃除用具入れの中の自在箒を見て、
「あ、ヌンチャクの材料めっけ!」って閃いてるところを想像すると、笑ってしまう。
男の子ってすごいなあ。
「そういえば、じゃじゃ丸、チャコちゃん元気?」
じゃじゃ丸くんの奥さんは、うさぎの中学のクラスメートです。
「ああ、元気元気〜! 考えてみりゃあアイツとはもう、結婚するまでに10年、
結婚してから15年、計25年の付き合いになるんだよな」とじゃじゃ丸くん。
「じゃじゃ丸って、いろんな意味で、誰よりも早く自分の道を決めたのよね。
高校進学のときにすでに将来料理人になるって決めて高校選んだし、
奥さんのチャコちゃんとも、高校に進学してすぐに付き合い始めたし」とうさぎ。
「うんうん」と臼井と宮森が頷く。
「ああ? でも結婚のことまで考えて付き合いはじめたわけじゃないぜ」とじゃじゃ丸。
「あらそう? でも誰もこの二人が別れるなんて思ってもみなかったわよ。ねー、みんな?
別れないなら、いずれは結婚することになるじゃないの」とうさぎ。
「え? でも別れようかとかそういう話も一度や二度出たんだぜ」とじゃじゃ丸。
「ああそう、ま、そりゃほんのお遊び程度にはそんな話も出たんでしょうよ。
でも、別れる要因なんてどこにもないじゃないの。
チャコちゃんサイドが浮気だの、飽きただの、っていうのは絶対ありえないし」
「ああ、ありえない、ありえない」とキミちゃん。
「で、コイツがまた"誠実"を絵に描いたような男だし?」と、
じゃじゃ丸の肩をポンと叩くうさぎ。
「まったくだ」と皆が頷く。
「ほらね、じゃあやっぱり結婚することは、
付き合い始めたときから半ば決定済みだったわけよ」とうさぎが結論づける。
「あ、そういやさ、オレたちが結婚したときの仲人って
中学の担任の井山先生だったんだけど‥」と、話を変えるじゃじゃ丸。
「井山‥ッ?! 体育科の?!」と、突然のけぞるちひろちゃん。
「あたし、井山先生にはいささか私怨が‥っ!」
「エッ、おまえもかよ?! なんか井山の話すると、必ず誰かがそう言いだして‥」
「だって、3年の2学期に、ひどい成績をつけられて‥」とちひろ。
「え? ちひろも?! あたしも体育に"2"をつけられて‥」とうさぎ。
「"2"ならいいわよ。あたしなんか"1"をつけられたのよッ!」とちひろ。
「エッ? ‥エエッ!! "1"?! そりゃまたどうして‥」
「‥そりゃあ、確かに体育の時間にピンクレディを踊ってサボってたわよ。
でもね、でもっ、何も"1"をつけることはないと思うの」とちひろ。
「もう、親に怒られるわ、進路には響くわで、タ〜イヘンだったんだから!」
「そういやお前、よくピンクレディを踊っていたよな」と海原。
「あら、ピンクレディを踊っていたのは中学の時よ。小学校のときには‥」
「フィンガー5を踊ってたんだよな?」とじゃじゃ丸。
「そう、"アキラ〜!"とか言って」とうさぎ。
「それはともかく、――そうかあ、あたしずっと井山先生に嫌われていて、
それで"2"を付けられたんだと思っていたけれど、
少なくとも真面目ではあると認められていたのかも。
"1"じゃなかったんだものね。
よくラジオ体操とかやってると、
"そこっ! 真面目におやりなさ〜い!"っていう声が飛んできて、
真面目にやってるのに‥って悲しくなったりしたものだけれど」
そこでなぜかゲラゲラ笑うみんな。
「確かに、オマエはいつも大真面目だったよな〜! いつもスゲエ一生懸命なの。
それは認める。でも、悪いが、これだけは言わせてくれ、
オマエのラジオ体操は絶対ヘンだった。なんかさあ、ロボットみたいなんだよ、動きが。
カクカクしてる、っつーか」と海原。
そ‥そうか、そうなのか‥。
でも、一生懸命さが伝わっていたんならまあいいか? ‥いや、良くないかも‥。
話の途中で呼び出し音が鳴りました。
誰の携帯かと思ったら、先生の。
「エッ! 先生もケータイ持ってるの!」とみんなが驚くと、
「いや、先生には必要でしょう! 迷子になったときとか」とニヤニヤしながらじゃじゃ丸が言う。
「徘徊老人? いやあねえ、まだそんなお年じゃないわよ。失礼ねえ」とうさぎ。
「みんなはどう? 体のほうは元気?」と先生。
「いや、今年はねえ、腰をやられてしまいましてね、あんまり調子が良くなくて‥」とじゃじゃ丸。「臼井なんかもう、ボロボロだよな?」
「そう、おれも最近病院に‥。
‥ってイヤだねえ、四十くらいでもうこんな話題かよ?!」と海原くん。
「ふふふ、そのうち、テーブルの上に薬をみんなして積み上げ‥」とちひろちゃん。
「あら、あたしは違うもん! わたしは元気。この20年で、今が一番元気よ」とうさぎ。
「ピロリ菌を退治したからな」とじゃじゃ丸。
「そう。でも、ピロリ菌を退治したら、太っちゃって太っちゃって‥。
ここ数ヶ月で4キロ太ったわ。もうどうしよう?!」
「ま、気にすんなって。
宮森ちゃんも何年か前、えれえ太ってたことあったよな。90キロとか。
でも最近また元に戻ったよな」とじゃじゃ丸。
「またアンタはどうしてそう人のことに詳しいのよ?」とキミちゃん。
「宮森ちゃん、ダイエットの秘訣があったら教えて!」とうさぎ。
「んー、別になんで痩せたってわけじゃないんだけど‥」と宮森ちゃんがのんびりと言う。
「でも‥そういや、オレも太り始めたきっかけっていうのが、
ピロリ菌を退治したからでさ‥」
「えーーーーーーっ! ピロリ菌を?! ‥で、‥で、90キロ‥?」
思わずゾッとするうさぎ。
「やっぱ、ピロリ菌を飼ってるときと同じだけ食べてたら太るよ。
食べる量を減らさないと。食べる量を減らしたから元に戻ったんだ」
‥ああ、いいことを聞いたわ。危なかった。これを聞かなかったら、
うさぎも90キロになっていたかもしれない‥。
喋って喋って、9人で一緒に盛りあがり、笑って笑って笑い疲れた頃、じゃじゃ丸くんが言いました。
「さて‥と。夜も遅くなってきたことだし、そろそろお開きにしますか」
「夜? 今何時? お昼の1時から集まっているのに、もう夜なの?」とうさぎ。
「今、エート、8時半」
「8時半?! 夜の?!」
‥そうすると、7時間半も喋っていたわけね‥。
9人もいるのに話題が割れもせず、7時間半もの間、
ずっとみんなで一緒に盛り上がれるって、ちょっと珍しいかもしれない。それもお酒なしで。
食事を皆で厨房に片付けました。女の子は一足先に帰り、男の子たちはこれから皿洗い。
うさぎたち女子が店の外に出ると、男子は店の前に勢ぞろいし、
手を振って見送ってくれました。みんな紳士ね。
そう、本当にみんな魅力的になった。
変わったところと、変わっていないところと。
でも、確実に、みんな20年前より素敵になった。
そしてたぶん、だからこそ同窓会に来られたんだわ。
自分に自信がもてなかったら、昔の友達に会いには来られない。
先生に自分を見せられない。
別に特別出世したわけでも、大金持ちになったわけでもないけれど、
少なくとも今日集まった仲間はみんな、自分の人生に自信を持っている。
同窓会に出て、わたしも分かった。
昔の自分と今の自分との距離。変わったところと、変わっていないところと。
わたしも20年前より確実に、素敵になった。
だからこそ同窓会に来る気になった。
そして同窓会に来て分かった。
平凡な人生だけれど、自分の人生に自信を持っていいんだ、って。
このままの方向性でいいんだ、って。
「ホント、オマエって相変わらず、何にでも興味深々なのな――」
困ったヤツだよ、という顔をしつつ、目を細めて笑ってくれる。 そんな仲間がいるから、わたしは今後も歩いていける。 このままずっと――。