その日、病院から帰ってきたうさぎには、もう一箇所行くところがありました。 接骨院です。 うさぎが首を痛めたと知った友達が、いきつけの接骨院を紹介してくれたのです。
接骨院というのは、うさぎが知る限りでは、お金のかかるイメージがありました。 でも最近は、病院とおなじように健康保険の効く接骨院があるのですって。 一回につき数百円で済むと友達が言うので、この機会に行ってみることにしました。
街中にあるその接骨院を訪れると、入り口扉の下方の嵌まった素通しガラスを通して、
靴がたくさん置いてあるのが見えました。
「うわー、また待たされるのかぁ‥」とウンザリしながらそれでも扉を開けると、
「ありっ??」
待合室にはだぁれもいませんでした。
この靴の数と待合室の様子のギャップは一体‥?
不思議に思っていると、「いらっしゃいませ〜!」と元気に声を合わせ、 施術室の中からどやどやと白衣姿が出てきました。
ど、どうしてお医者さまがこんなにたくさん‥!
と思いつつ施術室を覗くと、カーテンで細かくブースに仕切られたそう広くもない部屋に、 ごちゃごちゃと、たくさんの患者がいちどきに施術を受けているのが見えました。 どうやらここは、床面積から言うと小さな接骨院だけれど、 抱えるスタッフの数と、訪れる患者の数から言うと、大接骨院のようです。
うさぎはなんだか楽しくなりました。
子供の頃に訪れた実家のそばの接骨院はこんな風じゃなかった。
もっと静かに、たった一人しかいない先生と向き合って診察を受けたものです。
殺風景な施術室は、学校の保健室のよう。
最後に訪れたのは冬のさなかで、柔らかい日差しが窓から長く差し込んでいましたっけ。
でもここはどうでしょう。
見たことのない機械が所狭しとたくさん並び、
治療を施す側も、施される側も、狭いスペースに大勢ひしめいている。
「どこが痛みますか?」「腰です」といった話し声が、あっちからこっちから聞こえて、
ざわざわしています。
実をいうと、これまでうさぎはあんまりよく理解していなかったのだけれど、
"接骨院"と"病院"は全く違うものなのだそうです。
"院"は"院"でも、"接骨院"は、"病院"の範疇には入らないものなのだそう。
ここで患者に施されるのは、"治療"ではなく、"施術"。
それを施すのは、"医者"ではなくて、"柔道整復師"なのだそうです。
‥そう言われても、どう違うのか、やっぱりよく分からないけれど。
ちなみに、この接骨院の方々は、いずれも元気なお若い方ばかり。 翻って、患者の方は見事にお年よりばかり。 すごいジェネレーションギャップです。 そしてうさぎも患者なの。但し、ここでは最年少。
さて、水色のカーテンで仕切られた狭いブースの中に案内されると、
唯一の中年先生は、うさぎの首を触り、こうおっしゃいました。
「背骨の第5関節か第6関節あたりが変形しているようです」
ああ、それでかもしれません、うさぎが最近よく首を痛めるのは。
診察らしきことはそれだけ。そのあと早くも施術に移りました。
温かくて、気持ちのよい施術。
まず肩に微電流を流し、次に指圧、最後に機械で首を引っ張って伸ばしました。
中でも幸せだったのは、指圧です。 どうして人間の手はこんなに温かいのでしょう。 まるで、お若い整復師さんの手の平からうさぎの体の中へ、 メッセージが流れ込んでくるみたい。
柔らかくなあれ、柔らかくなあれ、柔らかく、健やかになあれ
って。
あ、ベクトルだ!
と、うさぎは思いました。"健やか方面"へのベクトルです。 悪いところを完璧に治そうという気概は感じられない。 ただ、少しでも楽になるように、健やかになるようにと、体を導く優しいベクトル。 終着駅のないベクトルです。
◆◆◆
「2〜3日後にまたおいでください」
初診料込み750円を支払うと、そう言われました。
「わあ、また来てもいいの?!」ってうさぎは思いました。
嬉しい、嬉しい! 「またおいでください」って言われちゃった〜♪
接骨院を後にしたうさぎは、すっかり元気になっていました。
もしかしたら、接骨院に行かなくても、整形外科に行かなくても、
もともとそろそろ治る時期だったのかもしれません。
でも、そうではないかもしれません。
今日やったことは、全部よかったのです。
熱いお風呂に入ったことも、整形外科に行ったことも、接骨院に行ったことも。
だからきっと元気になれたのです。
とにかく、今のうさぎは元気でした。
首はまだちょっと痛かったけれど、確かに元気でした。
「そうだ、今夜はしゃぶしゃぶにしよう!」と思って豚しゃぶ肉を買いました。
「生野菜をいっぱい食べよう」と思って、自転車のカゴいっぱい、野菜も買いました。
「そうだ、ついでにチャアを迎えに行こう!」と思いついて、
2キロ離れたバレエのスタジオまで自転車を走らせました。