日曜日と祝日に挟まれた月曜日の整形外科は、それはそれはものすごい混みようでした。 なんと、51人待ち! うさぎは、やっと見つけた待合い用のソファの空きに、肩をすぼめて滑り込みました。
首に厚ぼったいカラーを巻いている若い女の子、
松葉杖をついている男性、腕に包帯グルグル巻きのおばあさん‥。
周りは一目でそれとわかる怪我人ばかりでした。
うさぎは、なんだか場違いなところに来てしまったような気がしました。
重症な人たちがこんなにたくさん、ここで何時間も待っているのに。
こんな混みようでは、整形外科のお医者さまは今日はお昼休み返上に違いないのに。
ちょっと首が痛いだけ、それも治りかけのうさぎなんかが来てしまってよかったのかしら‥。
「桐生うさぎさーん!」
受付から呼ばれ、行ってみると、検査票を手渡されました。
「まずレントゲンを撮ってきてくださいねー」
ああ、レントゲンね。
まずは検査から入るのがこの病院のしきたり、
たぶんそう来るんじゃあないかと思ってはいました。
でも、今回は骨に異常がないのは分かってる。だから撮るだけ無駄なのだけれど。
レントゲンを撮り終えると、受付に一言告げて、うさぎは一旦家に戻ることにしました。
どうせあと2時間はたっぷり待たされる。
だったら家でゆっくりしながら待っていようと思ったのです。
家に帰ってうさぎがまず最初にやったことといえば、湯船にお湯を張ることでした。
今年は遅く始まった夏が、9月の中旬になってもまた続いていました。
だから、しばらく湯船にお湯を張ることなんてなかったのだけれど、でも今日は寒い。
温かいお湯が恋しくて、病院からの帰路、お風呂のことばかり考えていたのです。
そして実際、そのお風呂はなんと気持ちのよかったことでしょう!
湯船の中にじっとしているいちに、
体中に溜まったズーンと重い疲れが、熱めに入れたお湯に溶け出していくようでした。
首の調子も、こころなしかよくなっていくような気がしました。
熱いお湯の中でぼ〜っとしながら、うさぎは、もう病院に戻るのはやめようかと思いました。
病院へ行くより、この湯船の中で何時間もボ〜ッとしている方が、いいに違いない。
「温めるのか、冷やすのか」という問いの答えも、
もう出てしまっているような気がしました。
熱いお風呂がこんなに気持ちがいいんですもの、「温める」が正解に決まってる。
それでもやっぱりうさぎは病院に戻ることにしました。 「1〜2時間したら戻ります」と受付に言い置いたセリフを嘘にしないために。
◆◆◆
診察の順番は、病院に戻ってから30分ほどで回ってきました。
診察室に入ると、うさぎのレントゲン写真はすでにシャウカステンに並べられており、
お医者さまはこうおっしゃいました。
「骨には異常ありませんね」
まあそうでしょうね――そううさぎが思ったのもつかの間、先生はこう続けられました。
「でも筋肉がかなり緊張しているようですね。
ほら、首の骨がこんなにまっすぐになっている」
「まっすぐ? まっすぐではいけないのでしょうか」と驚いてうさぎは尋ねました。
「首の骨というのはね、普通は前に向かって湾曲しているものなのです。
でもあなたの首の骨は今、見事にまっすぐになっているでしょ?
筋肉が緊張している証拠です」
この一言で、うさぎは、なんだか病院に来たのが無駄ではなかったような気がしてきました。 レントゲンを撮ったのも無駄じゃなかった。 レントゲンで、筋肉の状態までが分かるとは‥。
うさぎはこれまでのいきさつを話し、
「今回のこれはいわゆる"寝違え"と呼ばれるものと同じでしょうか」と尋ねました。
「そうです」と先生。
「最近わたし、寝違えることが多いのですが、
こうした場合には、どのような措置をとったらよろしいのでしょうか」
「まず受診することですよ」とドクターは答えました。
「こんなに時間が経ってから診てもよくわかりません。
首を痛めたと思ったら、すぐに受診してください」
‥あーあ、また叱られちゃった。
昨年、足の指を骨折したときも、怪我から一月経って初めて受診したら、
同じことを言われたものです。
病院嫌いのうさぎは、それでもめげずに尋ねました。
「あの‥、家でできることとしましては‥?
患部を温めた方がいいのか、冷やした方がいいのか、それすら分からないのです」
ドクターは答えました。
「それでは、首を寝違えたときに、絶対やってはいけないことを3つお教えしましょう」
1.熱い風呂に浸ること
2.酒を飲むこと
3.マッサージ
「‥この三つは絶対にやってはいけません」
「えっ! 熱い風呂に浸かるのもダメですか!」うさぎは慌てました。 「実はさっき、やってしまいました! ‥でも体がほぐれるような気がして、 すごく気持ちが良かったんですけれど‥」
「今回の場合は、首を痛めてからもうだいぶ経っていますからね、 温めることで、筋肉を弛緩させる良い効果が出ることもあります。 でもね、首をいためた直後の急性期には絶対に温めてはいけません。 とにかく安静にして、まず冷やさなくては。 やみくもに患部をマッサージしてみたり、患部を温めてみたりする人、多いんですけれどね、 それは、消さなくちゃならない火事に、 水をかけないでガソリンをかけているようなものですよ」
「なるほど、急性期は冷やす、そのあとは温めるのが効果的、というわけですね。
‥でも、急性期が終わったかどうかはどうやって判断すればいいのでしょう」とうさぎ。
「それはこちらで判断します。だから、とにかく早く見せに来てください!」
‥ハイ、今後はなるべく、そういたします‥。
◆◆◆
結局、冷やすべきか温めるべきかという問いに明確な答えは出ませんでした。 だって、首の痛みというのは、はっきりとしたトリガーが判らない場合もあるし、 ぶり返したりもする。 急性期かどうかが判断できない以上、どうして冷やすか温めるかを自分で 決められるでしょう。
でも、病院に行ってよかった、とうさぎはなんとなく思いました。
もしかしたら、うさぎが病院に行ったのは、
問いの答えが知りたかったからではないのかもしれない。
答えだけならネットでも手に入るのだから。
うさぎにとって必要だったのは、もっと別のものだったのかもしれません。
レントゲンを撮って、薬をもらって。
うさぎは、この首の痛みを誰かに大げさに扱ってもらいたかった。
だって、「とにかく早く見せに来てください!」
ドクターにそういわれて、うさぎはちょっと嬉しかったのです。
こんなに混んだ病院の中でも、お邪魔虫扱いされず、歓迎されたのが嬉しかった。
子供の頃、やれあっちが痛い、こっちが辛いだのと言っていると、 母や祖母によく言われたものです。
「あなたのは"怠け病"!」
って。
でも、今回のは"怠け病"なんかではありません。
だって、レントゲン写真には異常が認められたし、
お医者さまは「早く見せに来てください!っておっしゃった。
その上、薬も処方された。
だからこれは"怠け病"なんかじゃないモン、立派な"怪我"だモン!
――そう確認しに病院へ行ったのです、うさぎはきっと。
外 見 |
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名 称 |
レイナノンテープ (貼り薬) |
ミオナール錠50mg (飲み薬) |
ソレトン錠80 (飲み薬) |
ムコスタ錠100 (飲み薬) |
効 用 |
炎症によるはれをとり 痛みを和らげる |
筋肉のこわばりを改善する | 痛みを和らげ、炎症を抑える | 胃粘膜を保護する |