2003年10月8日 崎陽軒御殿の謎

先日、きりんとうさぎは15回目の結婚記念日を迎えました。 それで、きりんが会社の代休を取った昨日、二人で、 ちょっとリッチな昼食を食べに行ってきました。

出かける前、どこで昼食を食べようかと話し合ったとき、きりんが言いました。
「崎陽軒にしよう!」と。
「‥崎陽軒って一体どこ?」
「ほら、国道1号線沿いの‥」
「ああ、あそこ? ‥でも、あれってレストランなの?」
「さあー、知らない。でも、もしかしたらレストラン"かも"しれない」

きりんの言う"崎陽軒"というのは、 1年ほど前、横浜の片隅に忽然と現れた洋館のことです。 その前を通るたびに、きりんとうさぎは言い合ったものです。 「一体これって何なんだろうね」と。

もっとも、それが「崎陽軒」であることに間違いはありません。 おそらく、横浜名物のシュウマイの。 だって立派な玄関ドアの上にデカデカと「崎陽軒」と書いてあるのですから。

でも、それが「崎陽軒の何なのか」が分からない。

迎賓館? 博物館? レストラン?? それとも社長さんのお宅??

今にもスカーレット・オハラが姿を現しそうなその威風堂々の建物は いつもひっそりとしていて、その玄関ドアはいつも閉じられたまま。 玄関前の、車寄せにしてはあまりに贅沢な空間も、広々と空いたままです。 恐る恐る敷地内に足を踏み入れ、玄関近くまで近づいてみたこともあるけれど、 案内らしきものは何もなく、 素通しガラスを通して中を覗いてみても、螺旋階段が上へ上へと伸びているばかりで、 人っ子一人、見えた験しがない。

だから昨日もうさぎは言ったのです。「ホントにレストランだと思う?」と。
「分からない。でも、あの辺はいいレストランがいっぱいあるし、 もしレストランじゃなかったら、別の店で食べればいいのだから、 とりあえず出かけてみない?」

そこで二人はいつものように、自転車の遠乗りに出かけたというわけです。
おっとその前に、うさぎは 「今日の昼食はパパのおごりね!」 と事前にきりんにおねだりしておくのを忘れませんでした。 だって、もしあれがレストランだとしたら、お一人様1万円の世界かもしれない。 家計費でそんな危険な賭けをするわけにはいきませんもの。

崎陽軒御殿

(c) kiyouken

さて、崎陽軒御殿に到着すると、大胆にもきりんは建物のドアの中を覗き込み、 あまつさえドアを開けて、風除け室の中に滑り込みました。 うさぎはというと、敷地境界線近くに自転車を止め、 そのきりんの様子をそこから遠巻きに眺めました。 「コラァーッ! 無断で入っちゃいかん!」と、誰かにどなられでもしたら、 すぐに逃げ出せるようにと思って。

しばらくすると、燕尾服姿の男性がきりんに話し掛けるのが見えました。 うさぎはドキドキしました。

何を言われているのかしら。
「ここは関係者外立ち入り禁止です。おひきとり下さい」とか?

ところが、その男性と話し終えると、きりんがうさぎを手招きするではありませんか! うさぎは恐る恐る、でも興味津々、建物に近づきました。
きりんは玄関扉を開けてうさぎを迎え入れ、言いました。
「やっぱりレストランだったよ。ほら、そこにメニューもある」

確かに。 風除け室からもう一枚開けて入ったドアの脇に、メニューが恭しく置かれていました。
「右がイタリアン、左が中華なんだって。さあどっちにする?」

どっち‥って‥。そりゃあ"崎陽軒"なんだから、中華でしょう!!

きりんとうさぎは、お一人様2,800円(税・サービス料別)の「飲茶コース」に決めました。
ああよかった、「お一人様1万円」の世界だけじゃなくて‥。

中華レストラン

(c) kiyouken

中華レストランは、この立派なコロニアル風の建物の奥のほうにありました。 噴水が水しぶきをあげる広い中庭に面して。 きっと、中庭を挟んで向こう側はイタリアンレストランなのでしょう。 国道に面してやけに間口の広い敷地だなと思ったら、 広いのは間口だけではなかった。奥行きも相当ある、プチホテル並の広い敷地、 大きな建物だったというわけです。

さあ、これで「崎陽軒御殿の謎」はすっかり解けました。 うさぎは、「ここはレストランではない」という方に賭けていたので、 自分たちの他にもお客さんがいたことに驚きました。 もっとも、ゆったりと配置された席のあちらに一組、こちらに一組程度でしたけれどね、 それにしたって、きりんのほかにも、「ここがレストランである」ことに賭けて 果敢にも建物の中に足を踏み入れた人がいるということが、 うさぎにとっては驚きだったのです。 ――それとも、うさぎが知らないだけで、広告を打ったりしているのかしらね――?

それは結婚記念日を祝うに相応しい、素敵な食事となりました。 一つ一つ大事に大事に丁寧につくられた点心、ソツのないサービス‥。 次々と運ばれてくる点心はいつも二つ。きりんの分とうさぎの分。 小さな点心が分相応の小さな器の中で二つ肩を寄せ合うさまは、 まるで仲の良い夫婦(めおと)のようでした。

飲茶図解