2004年4月22日 やかん磨き

やかん

昨日、我が家にお客さまがありました。 ネネの担任の先生が家庭訪問にいらしたのです。

配られた予定表には4時からと書いてあったので、3時半ごろ掃除を終え、 さあそろそろ化粧でもして、服を着替えようかな、と思ったところに「ピンポーン!」
あら、ネネかしらと思ってインターフォンに出たら、なんと先生! シミだらけの普段着のまま、化粧もせずに、担任の先生をお迎えするハメに陥りました。

家庭訪問というのは定刻に始まった験しがありません。 30分1時間の遅れは当たり前、2時間遅れも珍しくない。 前のお宅への訪問が長引いて、押せ押せになるのですね。 それがまさか予定より早いなんて‥。しかも30分も!!

まあともかく、とりあえずお茶でも、と思い、台所から子供の様子などを伺いつつ、 やかんに手を伸ばしました。ところが、「ウッ、汚いっ!」 最後に磨いてから1年くらい経ったやかんは、油汚れがべっとり。 本来ならとってもオシャレなホーロー製のやかんは、いまや見る影もなし。 シミだらけの普段着で、化粧もしていない上に、こんなやかんで沸かしたお湯でお茶を お入れするのはあんまりだと思い、お茶はあきらめ、 冷蔵庫にあった季節限定のスウィーティカルピスをお出ししました。

◆◆◆

先生が帰られたあと、うさぎがまずやったことといえば、 そんなわけで、やかんを磨くことでした。 実は翌日にも来客がある。 この失敗は二度と繰り返すまじ。 明日こそは、きれいなやかん、きれいな服でお客さまをお迎えするのじゃ〜っ!!

まずはフタから。
「先生ったら30分も早くいらしたのよ。おかげでこっちは普段着のままよ!」 ネネに愚痴りながら、やかんを磨く指先に力を込めるうさぎ。 「もちろん、家庭訪問に30分早く来たからって、 あの先生がいい感じ、ってことには変わりないわよ。 実際ママ、今年の先生はすごく気に入ったわ。 実によくネネの様子を見ていてくれてるのね。 いやまったく、いい先生よね。 ――でも、でもよ。ママ的にはやっぱり、30分も早く来ていただきたくはなかったわけよ。 わかる〜?」
「あー、ハイハイ」とネネ。

やかんのふたを磨きあがったところに、チャアが遊びから帰ってきました。
「ママなにこれ〜! このフタ、すっごいきれ〜! 新品みたいじゃん。 ほんとの新品ってわけじゃないけど、 リサイクルショップに新品同様っていって並んでるのと同じくらいきれいだね」 とチャア。
「‥それはどうも」

でも、本番はここから。 フタと違い、ミを磨くのは大変。 ベタベタな油汚れを通り越して、すでに汚れが本体と一体化しているかのよう。 汚れを「拭く」なんてものじゃなく、「こそげ落とす」といった世界です。 うさぎは魔法のスポンジをいつもより厚く切り、それに水を含ませてこすりました。

余談ですが、魔法のスポンジって、スライスして使うのが"吉"なのよ。 うさぎはいつもそうしています。 なぜかって? それはね――。

以前、妹の家の引越しを手伝いに行ったとき、彼女はあろうことか、 サイの目に切って使っていました。
「まーーーっ! なぜさいの目なんかに!! 勿体ないじゃないのっ! どうしてスライスして使わないのっ?!」と怒鳴るうさぎ。
「え? これってスライスして使うものなの? どうして?」
「どうして、って‥。とにかくスライスして使うのが"吉"なのっ! けっこう値が張るものだから、 お姉ちゃんはいつも薄く薄く、できる限り薄くスライスして使ってるのッ! だからアンタもそうしなさい」
「‥はあ。でもなんでスライスすると――あ、そうか!」 と、大学で数学を教えている妹は言いました。 「薄くスライスしたときが一番表面積が大きくなるんだ! だから効率よく使えるんだ! そうでしょ? ね? さすがはお姉ちゃん!」
「えっ、ヒョウメ‥? ‥ま、まあ、そういうことよ」とうさぎ。

――つまり、薄くスライスしたときが一番表面積が大きくなるので、 魔法のスポンジはスライスして使うのが"吉"なのです。

話を元に戻しましょう。 やかん磨きに限って、どうしてうさぎがいつもより厚くスライスしたかというと、 それは、やかんの汚れがあまりにひどすぎて、薄いスライスだとすぐに穴があき、 空いた穴から飛びだした指を傷めるからです。 とにかく、油がただ付着した状態だったフタとは違い、 ミの方はその状態が火にあぶられて焦げついているのですから、 そう容易なことでは汚れが取れない。

そういえば前回このやかんを磨いたときにはナイフで汚れに傷をつけ、 とっかかりを作ってからスポンジで磨いたものだったわ、と思い出し、 ホーローを傷つけないよう、リンゴの皮を剥く要領で汚れを"剥こう"としてみたものの、 ナイフですら刃が立たない。

困ったなあ、と思っているところに、いいことを思いつきました。
そうだ! やかんを熱してみたらどうだろう?、と。

これはなかなか名案でした。 やかんを熱しつつ、汚れを削り取るようにナイフを当てると、 汚れがきゅるきゅると剥けてきました。 でも。ガスの火がナイフにあたった途端、ナイフが変色してきたので、 この方法はやめました。 ナイフをダメにしたくはなかったのです。

そこで第二プラン。 熱湯にやかんをつけながら、ナイフで汚れをこそげとってはスポンジで磨くことにしました。 この方法はなかなか有効でした。 やっぱり温めると、汚れって緩むのねえ。 火傷覚悟なのが難点だけれど、作業は驚くほどはかどりました。 実は、この第二プランに気付いたときには、 やかんを磨き始めてから2時間以上が経過しており、 どうしてもっと早くに思いつかなかったんだろう、と悔しくなりましたが、 まあ、ここで気付いただけでもよしとしましょう。 それから30分経った頃には、やかんは見違えるほどきれいになっていました。

けれども。
「さあー、大体きれいになったから、これでいいかな〜?」とうさぎが言うと、
「確かにきれいになったねー。でもそこまできれいにしたんだったら、 いっそのこと、カンペキに、どこにも汚れが残っていないくらいまで磨いたら?」とネネ。
「‥有益なご意見、どうもありがとう」
――やかん磨きはもう30分、続くことと相成りました。

‥でも、最後の仕上げをしているうちに、ふと素朴な疑問が。
やかんって、お客様の目に触れるものだろうか?、と。

いやいや! こういうのは、お客様をお迎えする心意気の問題であってだな、 やかんがお客様の目に触れるものかどうかとか、 やかん以外のもっと目につく部分をきれいにしたほうが効率がいいとか、 そういう問題ではないのだ。 清々しいやかんでお湯を沸かしてこそ、 客人に対してウェルカムな気分になろうというものじゃあないか。
‥って、なんかいいわけじみてるような気もするけど、 気のせい、気のせい、気にしない、気にしない。 十里の道も九里をもって半ばとす。 いま目の前にある仕事を懸命にこなすのみ。

そうこうするうちに、第三の名案が頭に浮かびました。 指の代わりに、割り箸の先をスポンジに当ててこするやり方です。 これ、指は疲れないわ、力は入れやすいわで、すごく効率がいい〜! ‥ああ、あとちょっとで仕上がるというときになってこういうことに気付くうさぎって一体‥。

まあ、何はともあれ、終わりよければすべてよし。 3時間かけて、やかんはぴっかぴかになり、 今日はぴっかぴかのやかんでお客様のために麦茶を沸かすことができました。

尤も、麦茶を冷やすにも時間がかかる、っていうことを忘れていた。 お客さまがおいでになる時刻までに冷やしきれなかったので、 慌ててスーパーにペットボトルの麦茶を買いに走り、 そちらをお出ししました。

あーあ、何やってるんだか‥。