28年前、ハネムーンでスペインをとりやめ、イタリアへ行った理由は、格安ツアーに惹かれただけではありませんでした。 当時「ベニスはあと20年で海に沈んでしまうかもしれない」と言われていたからです。 ヨーロッパなんてそうしょっちゅう行かれないだろうから、沈まないうちにベニスを見ておきたかった。
一方で、当時、サグラダファミリアは、完成まであと100年かかると言われていました。 だからスペインよりイタリアを優先させたのです。
あれから28年、ベニスはまだ海に沈んでいません。 そして、あと100年かかるといわれたサグラダ・ファミリアはあと10年で完成するそうです。 あの時に思い描いていた未来と、実際とでは、ずいぶん異なるようです。 当時はまさか一年後にベルリンの壁が崩壊することも、想像だにしませんでした。
今も昔も、自分たちはそれほど変わったような気はしません。 白髪やシワはだいぶ増えましたが、内面はそう変わった気がしない。 身の回りのものだって、そう変わった気はしない。 新しく登場したものといえば、携帯電話とインターネットくらいでしょうか。 家具も当時揃えたときのまま。ろくに古びた感じさえしない。
だけどその間に、新婚夫婦は熟年夫婦になり、気づけば、まだ生まれてもいなかった子どもが、当時の自分の年齢を越している。
ステンドグラスを通して黄色い光の降り注ぐサグラダ・ファミリアの中に座り、考えていたのは、この28年という時間の長さです。 28年前ここに来ていたら、きっとこんなステンドグラスは嵌まっていなかった。 サグラダファミリアに「内部」なんてものがあったかどうかすら怪しい。
28年って、なんて長いんだろう。 その長い時間を、ずっと一緒にいたんだな、共有してきたんだな。 前のほうに座っている夫の背中を見ながら、そんなことを考えていました。