「クラブレース」はフィジーに来る前から子供たちが一番楽しみにしていたイベントである。 クラブ(ヤドカリ)に賞金を賭けて競走させるもので、フィジーのリゾートでは定番のイベントらしい。 マナでは開催曜日の関係で参加できなかったが、ここフィジアンではちょうど今日がクラブレースの日と知って、 昼間から楽しみにしていた。
開催場所は、子供用ビュッフェレストランの脇にあるブラック・マーリン・バー。 開催時刻は9時半。 18歳未満の子供が9時以降パブに立ち入るのはフィジーの法律で禁止されているそうだが、 クラブレースの時間だけはお目こぼしにあずかれるらしい。
定刻にバーへ行くと、フロアの半分は椅子やテーブルが片づけられ、 広々と空いた床には半径1メートルくらいの円が描かれていた。 クラブレースは、円の中心にヤドカリの選手たちを置き、いちはやく円の外に出たヤドカリを勝者とするゲームなのだ。
うさぎたちは円の近くのテーブルに席をとり、モクテルを二つ頼んでゲームの開始を待った。 開始時刻の9時半を少し過ぎると、司会者が早口の英語で11匹のヤドカリ選手を紹介し、セリに掛けはじめた。
「さあて、みなさん、エントリーナンバー7番は今夜の優勝候補『ジャジャ馬むすめ』だよ!
コイツはすごいよ! なにしろ女には、ひじ鉄っていう武器があるからね。
さあ、誰かコイツに賭ける人は?! 10フィジードルから始めるよ。
‥おおっと、きたきた、左のニュージーランド人から15ドルの声が上がりました!
カウンター席の彼女は20ドルだ!
右手前方のテーブルからは25ドル!
おおっと30ドルの声も掛かったあっ!! 35ドルはいませんか?
あっ、後方の席から35ドルが来た。35ドル! 35ドルで最後かい? ようし、35ドルで決定!」
といった具合。
オーストラリア訛りなので「クラブレース(ヤドカリ競争)」は「クラブライス(カニご飯)」だし、
「エース」は「アイス」。
こうして11匹のヤドカリにそれぞれ30ドルから55ドルまでの賭け金が掛けられ、
大抵のヤドカリは40ドルまたは45ドルで落札されたが、ただ一匹、「信仰深きサイモン」だけは30ドルだった。
司会者が「サイモンてのはここのスタッフの名前でね、コイツはここ半年勝ったことがない」
と紹介したせいかもしれない。
うさぎたちもこのセリには参加したのだが、ケチくさくも上限を25ドルまでと決めていたので、 結局一匹も競り落とせなかった。 隣のテーブルにいた恰幅のいいおじさんたちの4人グループは精力的に賭け、4〜5匹も競り落とした。
ヤドカリたちに掛けられたお金は、1位から3位までのヤドカリの落札者で分配される仕組みで、 10パーセントだけは寄付に回されることになっていた。 ヤドカリの落札者が決まり、賭け金を集めると、司会者は審判の選定に移った。
司会者から審判に推薦された若い女性は、司会者から「一言自己紹介を」とマイクを渡されると言った。
「オーストラリアから来ました。どうぞみなさん、お手やわらかにね。
なにしろわたし、クラブレースの審判は初めて(バージン)だから」
彼女は「バージン」という言葉に意味深なアクセントをつけて挨拶した。この一言に会場は沸いた。
審判はもう一人男性が選ばれたが、彼もまた気の利いたスピーチをして会場を沸かせた。
こういう場でとっさに気の利いたことを大勢の人の前で言えるというのは、大したものだ。
西洋人は誰しも日頃からそういう訓練を受けているのだろうか。
もしうさぎが指名されたりしたら、なんて言おうかな。
「日本から来ました。ここには日本のヤドカリがいなくて残念だわ。
『トヨタ』なんてのがいたら、ゼッタイ一番速いと思うんだけど?」なんてのはどうかな。
審判が決まると、司会者はお客たちを円の近くに呼び集め、 ヤドカリの入ったバケツをひっくりかえして円の中央に置いた。 子供たちはともかく、いい大人が何十人もひしめき合い、 ヤドカリの入ったバケツを固唾を飲んで見守る光景というのは、何とも滑稽だった。
「レディ、ゴー!」の合図で司会者がバケツを取り除くと、半数のヤドカリは殻に閉じこもったまま。
けれど、何匹かのヤドカリは早速歩きだした。
エントリーナンバーの書かれた殻を背負い、えっちらおっちらと四方に散っていくヤドカリたちに、
円を取り囲んだ人々が、大人も子供も大声援を送った。
一匹、快調に円に向かって歩いてくるヤドカリがいたので、コイツがダントツで優勝か?!と思いきや、
彼は円近くまでくると、突然向きを変えてあらぬ方へと歩いていってしまい、
その間にのんびりとやってきた他のやつがゴールを切った。
3位入賞までが決まると、子供たちがヤドカリをバケツに片付け、大人たちはガヤガヤと席に戻った。 司会者が審判と話し合い、結果を発表した。
第1位は、ナンバー3の「王の血まみれの十字架」、
第2位は、ナンバー7の「ジャジャ馬むすめ」、
第3位は、ナンバー6の「走れ!キウイ鳥」。
賞金はそれぞれ215ドル、135ドル、45ドルで、 「血まみれの十字架」に賭けたお隣さんたちは見事215ドルを手中に収めた。 尤も、このヤドカリは落札価格がひときわ高い55ドルだったし、 お隣さんたちは他にも3つ4つのヤドカリに賭けていたから、何とか元手は取り戻せたというところだろうか。